コンテンツにスキップ

星間物質

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Wisconsin H-alpha Mapperによって観測された、地球の北半球から観測できる、銀河系の星間物質中の電離水素の分布。電離水素は、旧来の分光学用語に基づき、天文学ではH IIと呼ばれる[1]。

星間物質(せいかんぶっしつ、(英語: interstellar medium、ISM)とは、銀河内の恒星間空間を満たす希薄な物質である。星間物質は主として原子、分子とそのイオンからなる気体(星間ガス)、および塵(星間塵)からなる[2][3]。英語の interstellar medium(星間媒質)はより広い意味でも用いられ、宇宙線、磁場、電磁放射などもその構成要素として扱われることがある。恒星間空間には、恒星光や星間塵からの赤外放射、宇宙マイクロ波背景放射などからなる星間放射場が存在する[4]。

星間ガスの粒子数密度は通常きわめて低く、実験室で得られる高真空よりも低い[5]。その密度は相によって大きく異なり、分子雲の高密度な領域では1立方メートルあたり1012個(1兆個)程度に達することがある一方、高温で希薄な電離ガスでは1立方メートルあたり数千個程度まで低下することがある[6]。地球の下層大気と比べると、典型的な星間物質の密度は20桁以上低い[7]。

一方、粒子の平均自由行程は一般に星間ガスが占める領域の大きさよりも短いため、十分に大きな尺度では、星間ガスは個々の粒子の集まりではなく流体として扱うことができる[8]。また、星間ガスには電離した成分も含まれ、磁場や乱流運動とともに、荷電粒子と電磁場との相互作用がその力学に重要な役割を果たす[9]。

星間ガスを原子数でみると、約91%が水素、約9%がヘリウムで、水素やヘリウムより重い元素の原子が約0.1%を占める[7]。このようなヘリウムより重い元素は、天文学では「金属」と総称される[10]。質量比では、水素が約70%、ヘリウムが約28%、重元素が約1.5%を占める[11]。銀河系内の星間物質は、質量比で約99%が何らかの形態のガス、約1%が塵からなる[12]。

星間物質は、恒星の形成と銀河進化を結びつける役割を担うため、天体物理学において重要である。恒星は星間物質から形成され、恒星から放出された物質は再び星間空間へ戻る。この物質循環は、星形成や星間物質の性質、銀河の進化に重要な役割を果たす[13]。

概要

[編集]
天の川を横切る暗い帯。星間塵を含む雲が背景の恒星の光を遮るため、可視光では黒い領域として見える。

可視光で夜空を観察すると、まず目につくのは恒星である。天の川も、多数の恒星の光が重なって帯状に見えているものであり、遠方の銀河も可視光では多数の恒星からの光によってその姿の多くが形づくられている。しかし、恒星と恒星の間の空間も空ではなく、そこにはガスや塵からなる星間物質が広がっている。

星間物質の一部は可視光でもその存在を見ることができる。大質量星の周囲では、星からの紫外線によって水素が電離し、H II領域と呼ばれる明るい星雲として輝く。また、星間塵が近くの恒星の光を散乱することで反射星雲として見えることもある。反対に、塵を多く含む雲が背景の恒星光を遮ると暗黒星雲となり、天の川の中に黒い筋や斑点として現れる。このため、肉眼で見る天の川にも、星間物質によって生じた明暗の複雑な模様を見ることができる。

恒星から放出された物質そのものが明るく見える場合もある。惑星状星雲は恒星がその進化の末期に放出したガスが光っているものであり、超新星残骸では、恒星の爆発によって放出された物質と周囲の星間物質が衝撃波によって加熱される。こうした過程を通じて、恒星内部でつくられた炭素、酸素などの元素は星間空間へ供給される[14]。

銀河系中心部を異なる波長で観測した比較。上からサブミリ波、中間赤外線、近赤外線、可視光。可視光では星間塵に遮られて見えない構造が、より長い波長では観測できる。

しかし、星間物質のすべてが可視光で星雲として見えるわけではない。低温の中性水素や分子ガス、高温で非常に希薄な電離ガスなどは、可視光だけではその分布を十分に知ることができない。20世紀には可視光以外の電磁波を用いる天文学が発達し、1951年には星間中性水素が放射する波長21 cmの電波が初めて検出された[15]。その後、電波、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線などを組み合わせた多波長天文学によって、それまで可視光では捉えにくかった星間物質が銀河の広い範囲に存在することが明らかになった[7][16]。

例えば、中性水素は21 cm線によって銀河系の広い範囲まで観測できる。低温の分子ガスでは、最も多い水素分子H2そのものを観測することが難しいため、COなどの分子が放つミリ波・サブミリ波の輝線が広く用いられる[17]。星間塵は恒星光を吸収する一方、吸収したエネルギーを主として赤外線で放射する[18]。さらに、超新星爆発などによって100万 K以上に加熱された希薄なガスはX線などで観測される[7][19]。このように、同じ銀河系でも観測する波長によって異なる成分が姿を現す。

星間物質は、単に恒星の間を満たしているだけではなく、恒星や惑星をつくる材料でもある。星間物質のうち、低温で高密度になった分子雲の内部では一部のガスが重力によって収縮し、新しい恒星が形成される。形成された恒星の周囲にはガスや塵からなる円盤ができ、そこから惑星系が形成される。一方、恒星はその一生を通じて放射や恒星風によって周囲の星間物質にエネルギーと物質を与え、進化の末期にはさらに多くの物質を星間空間へ戻す[13]。

宇宙に存在する水素とヘリウムの大部分は原始元素合成に由来するが、炭素、酸素、鉄などのより重い元素の多くは恒星内部や超新星などでつくられ、星間物質へ供給された[14]。そのため、後の世代に形成される恒星や惑星には、それ以前の世代の恒星がつくった元素が取り込まれる。太陽系の元素組成も、約45.7億年前に太陽を形成した星間物質の組成を反映しており、地球や生命を構成する炭素、酸素、カルシウム、鉄などの元素も、このような宇宙と銀河の物質循環を経てきたものである[20]。

このように、星間物質には、恒星や惑星の材料となる低温の分子ガスから、ほぼ中性の原子ガス、恒星からの紫外線によって電離したガス、超新星などによって100万 Kを超えるまで加熱されたガスまで、性質の大きく異なる成分が共存している。大局的には、星間ガスは温度、密度、水素の電離状態などによって、いくつかの「相」に分けて扱われる。

星間物質の相

[編集]

星間物質の拡散したガス成分は、温度や水素の電離状態などによって、主に次の相に区分される[7]。

  • CNM(Cold Neutral Medium、低温中性水素の相)
  • WNM(Warm Neutral Medium、暖かい中性水素の相)
  • WIM(Warm Ionized Medium、暖かい電離相)
  • HIM(Hot Ionized Medium、高温電離相)

CNMとWNMは主として中性水素からなり、WIMとHIMでは水素の大部分が電離している。これらに加えて、低温・高密度の分子ガスは分子雲を形成し、大質量星の周囲などには局所的に高密度なH II領域が形成される。HIMは銀河円盤からハローに広がっており、ハロー中の高温ガスは銀河コロナを構成する。これらは温度や密度、銀河円盤における分布、観測方法も異なる[7][21]。

表1に、銀河系星間物質の主な相・成分についての性質を示す。

表1:星間物質の主な相・成分[6]
成分鉛直方向の分布尺度
(pc)
温度
(K)
密度
(粒子/cm3)
水素の状態主な観測方法
分子雲80[7]10–20102–106分子電波・赤外線による分子の輝線・吸収線
CNM100–300[7]50–10020–50中性原子H I 21 cm線の吸収
WNM300–400[7]6000–100000.2–0.5中性原子H I 21 cm線の放射
WIM1000–1800[21]6000-100000.2–0.5電離Hα線の放射、パルサー分散
H II領域約50[22]5000-10000102–104電離Hα線の放射、自由–自由放射、電波再結合線(英語版)
HIM1000–3000[7]106–10710−4–10−2電離(金属元素も高度に電離)X線放射、高度に電離した金属元素の吸収線(主として紫外線)
星間ガスの主な相・成分の温度と密度の分布(Ferrière 2001; Draine 2011; Haffner et al. 2009; Paladini et al. 2004をもとに作成)

相を決める物理過程については、「星間ガス相の物理過程」で述べる。

星間ガスの状態

[編集]

水素は周囲の放射場、ガスの密度や柱密度などに応じて、分子、中性原子、イオンの状態をとる。これらの状態の違いは、星間物質の相を特徴づける重要な要素である。

中性水素原子ガス

[編集]

中性水素原子のガスでは、主として遠紫外線による塵粒子からの光電加熱と、原子・イオンからの放射冷却との釣り合いによって、低温・高密度の低温中性水素の相(CNM)と、高温・低密度の暖かい中性水素の相(WNM)が形成される。古典的な熱平衡モデルでは、一定の圧力範囲でCNMとWNMの二つの安定な相が共存でき、その中間の温度域は熱的に不安定となる[23]。

なお、天文学では、電離していない中性水素を H I、1回電離した水素を H II と表し、電離段階をローマ数字で示す。中性水素原子ガスはH Iガスとも呼ばれる。同様にC IIは1回電離した炭素を表す。

分子雲

[編集]

ガスの密度と柱密度が高くなり、塵による紫外線の吸収や水素分子の自己遮蔽によって光解離が抑えられると、水素分子やCO分子などが形成・維持され、分子ガスが卓越するようになる[24]。このような分子ガスが集まったものが分子雲である。

光解離領域

[編集]

遠紫外線によって加熱や化学反応が支配される中性ガスの領域は光解離領域(photodissociation region、PDR)と呼ばれる[25]。PDRは温度や密度によって定義される独立した相ではなく、拡散した中性星間物質から分子雲の表層まで広い環境に存在する。

H II領域

[編集]

OB型星が放射する13.6 eVを超える光子は水素を電離する。大質量星の周囲では、中性ガスが光電離されて約8000 Kの暖かい電離ガスとなり、H II領域を形成する[26]。古典的なH II領域は恒星の周囲に局在する比較的高密度の電離領域である[27]。

暖かい電離相

[編集]

これに対し、銀河円盤やハローに低密度で広く分布する約104 Kの電離ガスは暖かい電離相(WIM)と呼ばれる[27]。WIMの電離には大質量星、特にO型星からの電離光子が重要な役割を果たしている[27]。

高温電離相

[編集]

超新星爆発などによる強い衝撃波は星間ガスを約106 K以上まで加熱し、高温電離相(HIM、コロナガス)を形成する。超新星残骸やスーパーバブルは、このようなHIMを生成する主要な場所である[28]。

局所的な変化

[編集]

分子雲内部で大質量星が形成された場合には、これらの状態が一つの領域に連続して現れる。典型的には、星の近くにはH II領域、その外側には中性ガスからなるPDR、さらにその奥には分子ガスが存在する[25]。H II領域は周囲より高圧となるため膨張し、周囲の中性・分子ガスを圧縮する[29]。また、大質量星が最終的に超新星爆発を起こすと、その衝撃波によって周囲のガスの一部がHIMへと加熱される[28]。

分布と構造

[編集]
太陽が局所恒星間雲の縁付近にあり、ケンタウルス座アルファ星が約4光年離れた隣接するG雲複合体に位置することを示した図
創造の柱の三次元構造[30]。

星間物質は銀河内に一様に分布しているわけではない。銀河系のような渦巻銀河では、その大部分は銀河円盤に集中する一方、低密度の電離ガスは円盤から離れたハローにも広がっている。より小さな尺度では、星間物質は雲、フィラメント、シェル、バブルなどの複雑な構造を形成している。これらの分布や構造には、銀河の重力場や回転、乱流、磁場、さらに恒星風や超新星などによる恒星からのフィードバックが関与する[7][31]。

銀河円盤とハロー

[編集]

銀河系では、低温で高密度な星間物質ほど銀河面の近くに集中する。鉛直方向のスケールハイトは、分子雲で約80パーセク、CNMで100–300パーセク、WNMで300–400パーセクであるのに対し、WIMは約1–2キロパーセク、HIMは数キロパーセクにまで広がる[7][21]。このため、円盤面から離れるにつれて低温・高密度の成分は少なくなり、暖かい電離ガスや高温の希薄なガスが相対的に重要になる。ハローに広がる高温ガスは銀河コロナを構成する。

星間物質の鉛直方向の分布は、主として銀河の重力とガスを支える圧力との釣り合いによって決まる[7]。

雲・フィラメント・バブル

[編集]

星間物質は、連続した一様なガスとして存在するのではなく、さまざまな大きさと密度をもつ構造を形成している。低温の中性ガスや分子ガスでは雲状の構造が顕著であり、分子雲の内部にはさらにフィラメント、クランプ、高密度コアなどの階層的な構造がみられる。こうした構造の形成には、乱流による圧縮、衝撃波、自己重力、磁場などが関与する[32][31]。

一方、恒星風やH II領域の膨張、超新星による衝撃波は周囲の星間物質を押しのけ、シェルや低密度の空洞であるバブルを形成する。多数の大質量星からの恒星風や複数の超新星爆発が同じ領域で作用すると、数十から数百パーセク規模のスーパーバブルが形成されることがある[31]。このように星間物質には、高密度の雲やフィラメントと、恒星からのエネルギー供給によって生じた低密度の空洞が共存している。

乱流と磁場

[編集]

星間物質のガスは、非常に広い空間スケールにわたって不規則な速度変動を示し、一般に乱流状態にある。乱流速度は相によって異なるが、特に低温の分子ガスでは音速を上回ることが多い[31]。超音速の流れでは衝撃波が生じ、ガスが圧縮されるため、大きな密度差や雲・フィラメントなどの構造が形成される。

星間乱流を駆動するエネルギー源には、超新星やスーパーバブル、恒星風、H II領域の膨張のほか、銀河の差動回転や重力不安定などがある[31]。したがって、星間物質の構造は一つの過程だけによって決まるのではなく、異なる空間尺度で働く複数の過程が重なって形成されている。

また、星間ガスには電離した成分が含まれるため、ガスの運動は磁場とも結びついている。磁場はガスの運動や圧縮に影響すると同時に、乱流や銀河の差動回転によってその構造を変化させる。渦巻銀河の星間磁場には、大きな尺度でそろった成分と乱流的な成分の双方が観測されている[33]。

銀河の回転と渦状腕

[編集]

渦巻銀河の円盤では、星間ガスは恒星とともに銀河中心の周囲を公転している。星間物質の構造にとって重要なのは、ガス全体に共通する軌道運動そのものよりも、銀河中心からの距離によって角速度が異なる差動回転である。半径方向に広がりをもつ巨大分子雲や磁力線などの構造は、差動回転による剪断を受け、方位方向に引き延ばされる傾向がある[34][33]。

渦状腕には星間ガスや若い恒星が集中し、腕に沿って多数のH II領域がみられる。渦状腕の形成機構については、準定常的な密度波、銀河円盤内で生じる一時的・反復的な重力不安定、他の銀河との潮汐相互作用など、複数の機構が考えられている[34]。渦状腕ではガスが集中して星形成活動も活発にみえるが、渦状腕そのものが星形成をどの程度誘発するかについては一概にはいえない[34]。

銀河の種類による違い

[編集]

星間物質の量や状態、分布は銀河の種類によって異なる。銀河系のような渦巻銀河では、星間物質の多くが銀河円盤に集中し、低温の分子ガスや中性ガスから暖かい電離ガス、高温ガスまで複数の相が存在する。冷たく密度の高い成分ほど円盤面付近に集中し、WIMやHIMのような低密度の成分は円盤からより遠くまで広がる[7]。

マゼラン雲のような不規則銀河でも、原子・分子ガス、電離ガス、塵などからなる星間物質が存在するが、その分布は渦巻銀河のような規則的な円盤・渦状腕構造には従わず、より不規則である[35]。

楕円銀河、とくに大質量のものでは、X線を放射する高温で希薄なガスが広い範囲に分布している。しかし、楕円銀河の星間物質がすべて高温ガスからなるわけではなく、電離ガスに加えて低温の原子・分子ガスや塵も観測されている。一部の銀河では、低温ガスがフィラメント状または円盤状に分布する[36]。レンズ状銀河でも星間ガスの量や状態には大きな幅があり、高温ガスと低温ガスの双方がみられる[36]。

また、多くの大質量銀河の中心には超大質量ブラックホールが存在する。活動中のブラックホールからの放射や噴出流は、銀河中心だけでなく、より広い範囲の星間物質を加熱したり移動させたりすることがある[36]。このような活動銀河核からのフィードバックは、とくに大質量銀河における星間物質の状態や星形成活動と関係している。

星間減光

[編集]

星間物質中の塵粒子は、背景の恒星などから届く光を吸収・散乱し、その明るさを弱める。この現象を星間減光という。減光の大きさは一般に波長によって異なり、可視光では短波長側の光ほど強く減衰するため、恒星は本来より赤く見える。この現象は星間赤化と呼ばれる[18]。

星間減光は、銀河系の見え方にも大きな影響を与える。天の川にみられる暗い帯や斑点の多くは、塵を含む分子雲が背景の恒星光を遮ることで生じている。減光は一般に波長が長くなるほど弱くなるため、可視光では見通すことのできない塵の多い領域でも、赤外線ではその奥にある恒星を観測できる。一方、中間赤外線でも9.7 μmや18 μm付近などには、ケイ酸塩粒子による強い吸収がみられる[18]。

減光や赤化を利用した星間塵の観測については「星間塵」で述べる。

太陽圏との相互作用

[編集]
星間物質とアストロスフィアとの境界
IBEXによる星間物質と太陽圏境界の観測について解説した動画。

太陽は、約100パーセク規模の低密度な空洞である局所泡の内部にあり、その中に存在する数パーセク規模の暖かい部分電離ガス雲、局所恒星間雲の中を移動している[37][38]。このため、太陽から流れ出す太陽風は、周囲の星間物質と相互作用する。

太陽風によって形成される領域を太陽圏という。太陽風は太陽からおよそ80–100天文単位の距離にある末端衝撃波で亜音速まで減速する。その外側ではヘリオシースを形成し、さらに外側のヘリオポーズが、太陽風に由来するプラズマと星間空間のプラズマとの境界となる。したがって太陽圏の大きさや形状は、太陽風だけでなく、周囲の星間物質の密度、運動、磁場などにも影響される[39]。

ボイジャー1号は2004年12月16日に末端衝撃波を通過し[40]、2012年8月25日にヘリオポーズを通過した[41]。ボイジャー2号も2018年11月5日にヘリオポーズを通過した。これらによって、ヘリオポーズ外側の極近傍星間物質(Very Local Interstellar Medium、VLISM)の磁場やプラズマを直接観測することが可能になった[42]。

ボイジャー1号と2号の観測からは、ヘリオポーズ外側のVLISMで、太陽からの距離とともに電子密度が増加する傾向も報告されている。異なる方向へ進む両探査機で同様の傾向が観測されたことから、これは太陽圏近傍の星間物質にみられる比較的大規模な密度構造を反映している可能性がある[43]。

加熱と冷却

[編集]

星間物質の各領域では、その温度、密度、電離状態に応じて異なる加熱・冷却機構が働く。ガスの温度は、これらによるエネルギーの供給と損失の釣り合いによって決まり、その温度依存性は各相の熱的安定性にも関係する[44]。

星間物質は通常、熱力学的平衡から大きく外れた状態にある。粒子同士の衝突によって速度はマクスウェル・ボルツマン分布に従うようになり、星間ガスを記述する際に一般に用いられる「温度」は「運動温度」である。これは、熱力学的平衡にあると仮定した場合に、観測されるマクスウェル・ボルツマン速度分布に対応する温度を表す。一方、星間放射場の光学・紫外線成分は、古典的な近似では表面温度約10,000 KのA型星からの放射を大幅に希釈したものとして扱われる。このため、星間物質中の原子や分子の束縛準位がボルツマン分布に従って占有されることはまれである[45]。

加熱機構

[編集]
低エネルギー宇宙線による加熱

宇宙線は分子雲の内部深くまで侵入し、電離や励起を通じてガスにエネルギーを与えるほか、クーロン相互作用によって自由電子にもエネルギーを与える。特に低エネルギー宇宙線は電離によるエネルギー損失が大きく、星間ガスの重要な加熱源となる[46][47]。

塵粒子による光電加熱

高温の恒星が放射する紫外線が塵粒子に吸収されると、電子が放出され、その運動エネルギーが他の粒子との衝突を通じてガスに与えられる。電子を放出するためのポテンシャル障壁は、電子の結合エネルギー(仕事関数)と塵粒子の電荷によって決まる。

塵粒子の典型的な粒径分布は、r を粒子の半径として n(r)∝r−3.5 と表される[48]。この場合、投影表面積の分布は πr2n(r)∝r−1.5 となるため、光電加熱では小さな塵粒子が特に重要となる[49]。この過程はCNMやWNMの主要な加熱機構である[23]。

光電離

原子が光子を吸収して電子を放出すると、その電子はおよそ Ephoton−Eionization に相当する運動エネルギーを持ち、このエネルギーがガスの加熱に使われる。この過程はH II領域では支配的である[50]。一方、拡がった中性相では中性炭素の光電離による加熱の寄与は比較的小さい[23]。

X線加熱

X線は原子やイオンから電子を放出し、その光電子が二次電離を引き起こすことがある。X線加熱の重要性は、X線の強度やエネルギー、ガスの柱密度によって異なる。通常の分子雲では内部まで到達できるのは主として硬X線であるため、その寄与は小さいが、超新星残骸、X線連星、活動銀河核などの強いX線源の近くでは、高密度の分子ガスでも重要な加熱源となることがある[25]。

化学加熱

水素分子(H2)は、塵粒子表面を移動する2個の水素原子(H)が結合して形成される。この過程では4.48 eVのエネルギーが放出され、水素分子の回転・振動モードや運動エネルギーに分配されるほか、塵粒子の加熱にも使われる[51]。H2分子の運動エネルギーなどが周囲のガスへ移る場合、ガスの加熱に寄与する[52]。

塵粒子とガスの熱交換

高密度の領域では、ガス中の原子や分子と塵粒子との衝突によって熱エネルギーが移動する[53]。移動の向きは両者の温度差によって決まり、塵粒子の方が高温であればガスを加熱し、ガスの方が高温であればガスを冷却する。

H II領域では紫外線による加熱、拡がった電離相では低密度であることから、この過程の重要性は小さい。拡がった中性相でも密度が低いため、一般に低温の塵粒子によるガスの冷却は効率的ではない。一方、巨大分子雲の内部深くの高密度領域ではガスと塵粒子の温度が強く結合する[47]。また、高温の衝撃加熱ガスを含む超新星残骸では、ガスとの衝突による塵粒子の加熱が重要となることがある[54]。

熱交換の効率を表す指標の一つとして、適応係数(accommodation coefficient)が用いられる。

α=T2−TTd−T

ここで T はガスの温度、Td は塵粒子の温度、T2 は衝突後の原子または分子の温度である。この係数はガスと塵粒子の組成や温度などに依存する[53]。

その他の加熱機構

このほか、雲の重力崩壊、超新星爆発、恒星風、H II領域の膨張、超新星残骸によって生じる磁気流体力学的な波なども、巨視的なエネルギー供給源となる[55]。

冷却機構

[編集]
微細構造線による冷却

微細構造線による冷却は、高温ガスや分子雲の内部深くを除き、星間物質の広い範囲で重要である。中性相ではC IIやO I、H II領域ではO III、N II、N III、Ne II、Ne IIIなどが衝突によって励起され、その後に放出される光子が領域外へエネルギーを運び出す[23]。特にCNMではC II(C+)の158 μm微細構造線([C II] 158 μm線)が主要な冷却機構となる。炭素の第一電離エネルギーは約11.3 eVで、水素の13.6 eVより低いため、水素が中性の領域でも炭素はC IIとして存在できる[56][46]。

原子・分子の輝線による冷却

より高い温度では、衝突によって微細構造準位以外の準位も励起される。例えば、水素の n=2 準位が励起されると、脱励起の際にライマンα光子が放出される[57]。

分子雲では、COなどの分子の回転・振動準位の励起と、それに続く放射が重要な冷却機構となる。放出された光子が雲の外へ脱出することでエネルギーが失われ、ガスが冷却される[52]。

高温のHIMでは、高度に電離した重元素の線放射などによって冷却が進む[58]。

これらの加熱・冷却機構のうち、どの過程が支配的となるかはガスの温度、密度、電離状態によって異なり、その釣り合いによって各相の温度と熱的安定性が決まる。

星間ガス相の物理過程

[編集]

星間ガスの各相は、主成分である水素の電離状態や分子形成の状態、および加熱と冷却の釣り合いによって理解される。古典的な二相・三相モデルでは、異なる温度と密度をもつガス相が、おおむね熱圧力平衡にあるものとして扱われる[7]。理想気体の状態方程式 P=nkT から、同じ圧力であれば、高温の(Tが大きい)ガスほど粒子の数密度 n は小さくなる。

二相モデルと三相モデル

[編集]

Field, Goldsmith & Habing (1969)は、観測される星間物質の性質を説明するため、静的な二つの相が平衡状態にある二相モデルを提唱した。

このモデルでは、星間物質は、主としてCNMに相当する中性水素からなる低温・高密度の相(T<300 K)と、WNMに相当する希薄な中性水素からなる暖かい相(T∼104 K)から構成される。前者は比較的高密度な雲として存在し、後者はそれらの雲の間に広がる低密度のガスとして捉えられる。

McKee & Ostriker (1977)はこれに、超新星によって衝撃加熱された非常に高温(T∼106 K)のガスからなり、星間物質の体積の大部分を占める動的な第三の相を加えた三相モデルを提唱した。Fieldらの二つの相では、加熱と冷却が安定した平衡に達することができる。この論文は、その後30年間にわたる研究の基礎となった[7]。

前述の各相との対応は以下の通り。

現在の星間物質の相と二相・三相モデルとの対応
現在の区分 二相モデル(1969年)との対応 三相モデル(1977年)との対応
CNM 低温・高密度の雲 低温の雲
WNM 温暖な雲間ガスにおおむね相当 温暖な外層の内側にある、主として中性の部分
WIM 独立した成分として扱っていない 温暖な外層の外側にある、主として電離した部分
HIM 二相の構成成分には含まれない 高温の雲間ガス

熱的安定性

[編集]

星間ガスの温度は、加熱によるエネルギーの供給と、放射などによるエネルギーの損失との釣り合いによって決まる。

加熱率:中性星間ガスでは、主な加熱機構の一つは、星間放射場の遠紫外線を吸収した塵粒子や多環芳香族炭化水素(PAH)から放出される光電子による加熱である。星間放射場が一定の場合、単位体積あたりに吸収される光子の数は塵粒子の数密度に比例するため、加熱率 ℋ はガスの数密度 n におおむね比例し、

ℋ∝n

と表される[23]。

冷却率:一方、輝線による冷却では、原子・電子が衝突して上のエネルギー準位へ励起し、その後に放出される光子がガスの外へエネルギーを運び出す。衝突の回数は、励起される粒子の数密度と衝突相手の数密度との積に比例するため、低密度では単位体積あたりの冷却率 𝒞 は

𝒞∝n2Λ(T)

と表すことができる。ここで Λ(T) は、温度 T における衝突励起と放射冷却の効率を表す冷却関数である[44]。

安定条件:周囲との圧力がほぼ一定に保たれる変化を考えると、理想気体の状態方程式 P=nkT より n∝T−1 となる。したがって、

ℋ∝T−1

であるのに対し、

𝒞∝T−2Λ(T)

となる。このため、冷却と加熱の比は

𝒞ℋ∝Λ(T)T

となる。

Λ(T)/T がTに対して増加関数の場合、温度上昇により冷却が加熱を上回り、温度は低下して元の状態へ戻るという安定状態となる。逆に Λ(T)/T が減少関数の場合は、温度上昇とともに加熱が冷却を上回り、温度はさらに上昇するという不安定な状態である。したがって、局所的に

Λ(T)∝Tα

と表した場合、α>1 では等圧変化に対して熱的に安定となり、α<1 では熱的に不安定となる[44]。

CNMの安定性

[編集]

CNM(低温中性水素の相)は、典型的には50–100 K程度の低温・高密度の中性原子ガスである[23]。この温度域では、冷却には主としてC+の158 µm微細構造線が寄与する[23]。

C+の158 µm線は、C+の基底状態にある二つの微細構造準位間の遷移であり、そのエネルギー差は温度に換算して91.2 Kである。水素原子などとの衝突によってC+を上準位へ励起するにはこのエネルギーが必要であるため、衝突励起率には exp⁡(−91.2K/T) の温度依存性が現れる。数十Kでは温度が上昇すると、このエネルギーをもつ衝突粒子の割合が急速に増加するため、C+による冷却効率も強く増加する[59]。

低密度で水素原子による励起を取り出し、C+の存在割合を固定すると、C+による冷却率は概ね

𝒞∝nH2T0.14exp⁡(−91.2K/T)

と表される[59]。したがって冷却関数は

Λ(T)∝T0.14exp⁡(−91.2K/T)

となる。局所的なべき指数 α は

α=dln⁡Λdln⁡T=0.14+91.2KT

であり、80 Kでは

α≃1.28

となる。これは α>1 であるため、80 K付近のCNMは等圧変化に対して熱的に安定となる[44]。

温度がCNMから上昇し、C+の励起エネルギーに相当する91.2 Kを大きく上回ると、温度上昇に伴うC+の衝突励起効率の増加は緩やかになり、冷却関数 Λ(T) の温度依存性も弱くなる。C+、O、ライマンαなどによる冷却と、光電加熱などを合わせた中性星間ガスの総熱収支では、CNMとWNMの間のおよそ500–5000 Kの領域が熱的に不安定となる[23][60]。前述の近似で表せば、この領域は α<1 となる熱的不安定領域に対応する。さらに高温になると、ライマンαによる冷却が急速に強くなり、WNMの安定領域へ移る。

WNMの安定性

[編集]

WNM(暖かい中性水素の相)は、典型的には6000–10000 K程度の暖かく低密度な中性原子ガスである[23]。この温度域ではC+やOなどによる冷却に加えて、高温側では電子との衝突による中性水素の励起とライマンα線の放射が重要になる[23]。

ライマンα線は、水素原子が基底状態 n=1 から n=2 へ励起された後、低い準位へ戻る際に放出される。n=1 から n=2 への励起には10.2 eV、温度に換算して約118,000 Kに相当するエネルギーが必要である。WNMの温度はこれよりはるかに低いが、電子の運動エネルギーはマクスウェル分布をしているため、高エネルギー側には励起に必要な10.2 eV以上のエネルギーをもつ電子が存在する。温度が上昇するとこのような電子の割合が急速に増加するため、ライマンαによる冷却も急激に強くなる。

電子と中性水素の存在割合を固定し、緩やかな温度依存性を省略すると、ライマンαによる冷却率は概ね

𝒞Lyα∝nH2exp⁡(−118348K/T)

と表される[58]。したがってライマンα冷却に対応する冷却関数は

ΛLyα(T)∝exp⁡(−118348K/T)

となる。このとき局所的なべき指数は

α=dln⁡ΛLyαdln⁡T=118348KT

であり、8000 Kでは

α≃14.8

となる。これは α>1 であるため、ライマンα冷却が主要となる8000 K付近では、温度が上昇すると冷却が加熱に対して急速に強まり、WNMは等圧変化に対して熱的に安定となる[44][61]。

WIMの熱収支

[編集]

WIM(暖かい電離相)は、典型的には6000–10000 K程度の低密度な電離ガスである[27]。WIMの加熱には、O型星などが放射する13.6 eVを超える紫外線による水素の光電離が重要な役割を果たす。光電離の際には、光子のエネルギーのうち水素の電離エネルギーを超える部分が光電子の運動エネルギーとなり、周囲の粒子との衝突を通じてガスを加熱する[27]。

一方、冷却には、自由電子との衝突によって励起されたN+、O+、S+などの金属イオンからの禁制線放射が重要である[27]。このような加熱と放射冷却の熱収支によって、WIMはおおむね104 K程度の温度に保たれている。

しかし、実際のWIMでは、電子密度の低い領域ほど温度が高くなる傾向が観測されている。水素の光電離による加熱は単位体積あたりではおおむね密度の2乗に比例するため、低密度の領域で観測される高い温度を光電離だけで説明することは難しい。このため、宇宙線による加熱、乱流の散逸、塵粒子からの光電加熱など、密度への依存性が光電離加熱より弱い追加の加熱機構が寄与している可能性が指摘されている[62][27]。

HIMの熱収支

[編集]

HIM(高温電離相)は、典型的には106–107 K程度の高温・低密度の電離ガスであり、主として超新星残骸やスーパーバブルの衝撃波によって形成される。衝撃波によって運動エネルギーが熱エネルギーへ変換されることで、星間ガスは高温に加熱される[28]。

この温度では水素やヘリウムはほぼ完全に電離している。冷却にはC、O、Ne、Feなどの高度に電離した重元素からの線放射が重要であり、さらに高温になると制動放射の寄与が大きくなる。衝突電離平衡にある希薄なプラズマでは、単位体積あたりの放射冷却率は概ね n2Λ(T) に比例する[58]。

HIMは、CNMやWNMのように局所的な加熱と冷却だけで定常的な熱平衡が決まるとは限らず、超新星による間欠的な加熱や、周囲の低温ガスとの物質・エネルギー交換も重要となる。McKee & Ostriker (1977)の三相モデルでは、低温の雲が高温ガス中に埋め込まれ、熱伝導によって雲の表面が加熱されて蒸発する。この蒸発によって高温相へ物質が供給される一方、HIMは熱エネルギーを失い、その密度が増すことで放射冷却も強くなる。

このため三相モデルでは、HIMの温度や密度は、超新星によるエネルギー供給、放射冷却、低温雲からの蒸発による質量供給などの収支によって決まる[63]。また、高温ガスと低温雲の境界では熱伝導が両相の物質交換に関与し、条件によって雲の蒸発または凝縮が生じる[64]。

星間物質の観測

[編集]

星間物質はきわめて低密度であるが、電磁波スペクトルの広い波長域で観測することができる[16]。星間物質を構成するガスや塵は、その温度、密度、電離状態や化学組成によって異なる放射・吸収を示すため、電波、赤外線、可視光、紫外線、X線などを組み合わせた多波長観測が用いられる。

原子・分子ガス

[編集]

中性水素原子からなるH Iガスは、波長21 cmのH I線によって観測される。WNMとCNMはいずれも21 cm線を放射するほか、低温のCNMが背景の暖かいH Iガスからの放射を吸収することもあり、これはH I自己吸収(H I self-absorption、HISA)と呼ばれる[65]。21 cm線は銀河系の広い範囲で観測できるため、中性水素の分布や視線速度を調べる主要な手段となっている[66]。

低温の分子雲では、最も多い水素分子H2は永久双極子モーメントを持たず、低温では放射が弱いため直接観測することが難しい。そのため、通常は一酸化炭素(CO)などの分子が放つミリ波・サブミリ波の回転輝線が分子ガスの指標として用いられる[17]。一方、励起されたH2は赤外線の回転・振動遷移によって直接観測することができる。

H IやCOによる通常の観測では十分に捉えられないガスもあり、「ダークガス」と呼ばれる。これには、H2は存在するがCOが光解離しているCO-dark分子ガスや、光学的に厚いH Iが含まれる可能性があり、塵からの放射などを組み合わせることでその存在量が推定される[67][68]。

電離ガスと高温ガス

[編集]

約104 Kの電離ガスは、水素のHα線などの再結合線や、酸素・窒素などのイオンから放射される禁制線によって観測される。また、

自由電子とイオンの相互作用による自由–自由放射は連続スペクトルを形成し、電波領域では電離ガスを観測する重要な手段となる[69]。

水素の再結合線は電波領域にも存在し、電波再結合線(英語版)と呼ばれる。電波は星間塵による吸収をほとんど受けないため、これらの線を用いることで、可視光では塵に隠された銀河円盤内のH II領域などを観測することができる[70]。

一方、HIMのような約106 K以上の高温ガスでは、熱的制動放射や高度に電離した元素の輝線によって軟X線が放射される。このため、超新星残骸やスーパーバブル、銀河ハローの高温ガスなどはX線観測によって調べられる[7][19]。

星間ガスの吸収

[編集]

背景の恒星や活動銀河核などの光が星間物質を通過すると、原子・イオン・分子による吸収線が生じる。吸収線の強さや形状、波長位置を調べることで、視線方向に存在する物質の柱密度、化学組成、視線速度などを求めることができる[71][72]。可視光ではNa IやCa IIなどの吸収線が古くから星間ガスの観測に用いられてきた。紫外線にはH Iや多数の金属元素の原子・イオンの吸収線があり、高度に電離したイオンの吸収線からは高温の希薄なガスも調べることができる[71][72]。

水素分子H2は低温では強い電波・ミリ波の輝線を放射しないため、冷たい分子ガスの観測には通常COなどが用いられるが、背景に十分明るい紫外線源がある場合には、遠紫外線の吸収線によってH2を直接観測することもできる[73]。

遠紫外線は中性水素によって強く吸収される。特に水素原子は、波長約121.6 nmのライマンα遷移をはじめとするライマン系列の波長で強い吸収線を生じる。また、ライマン限界に相当する91.2 nmより短い波長の光子は中性水素を電離できるため、星間中性水素による連続的な光電吸収を強く受ける[74]。

さらに高いエネルギーでも星間ガスによる吸収は続き、軟X線では水素、ヘリウムおよび重元素による光電吸収が重要となる。透過率は光子のエネルギーと視線方向にあるガスの柱密度に大きく依存するため、X線源のスペクトルにみられる吸収から、手前に存在する星間ガスの量を推定することができる[75]。

星間塵

[編集]

星間塵は恒星から吸収したエネルギーを主として遠赤外線からサブミリ波で再放射するため、これらの波長による観測から塵の分布や温度を調べることができる[18]。また、非常に小さな炭素質粒子や多環芳香族炭化水素(PAH)は、紫外線や可視光の光子を吸収すると中間赤外線に特徴的な放射バンドを生じる[76]。

これとは逆に、星間塵が背景の恒星や銀河からの光を吸収・散乱する現象も、星間物質の重要な観測手段となる。減光や赤化の程度から視線方向に存在する塵の量を推定することができ、距離の異なる多数の恒星を用いることで塵の三次元分布も調べられる。ガイア計画によって多数の恒星までの精密な距離が得られるようになったことで、この方法による星間塵の三次元分布の地図化が進んでいる。2022年には、太陽周辺の3 kpc × 3 kpc × 0.8 kpcの領域について、最大10 pcの空間分解能をもつ三次元減光マップが作成された[77]。減光については、前述の「星間減光」を参照。

電波の伝播効果

[編集]

星間物質中には自由電子が存在するため、そこを通過する電波にはプラズマとしての性質を反映したさまざまな伝播効果が生じる。これらは天体からの電波を変化させる一方、星間物質の電子密度、乱流、磁場を調べる手段としても利用される。

プラズマの屈折率は周波数に依存するため、パルサーや高速電波バーストからのパルスは低い周波数ほど遅れて到着する。この現象は分散(dispersion)と呼ばれ、その大きさから、視線方向に存在する自由電子の柱密度である分散指標(dispersion measure、DM)が求められる。DMは銀河系内の電離ガスの分布を調べるほか、自由電子密度のモデルと組み合わせてパルサーまでの距離を推定するためにも用いられる[78]。

星間物質中の電子密度の不規則な変動は電波を散乱し、電波源の見かけの大きさを広げたり、受信強度を時間的に変化させる星間シンチレーションを生じさせる。このため、電波の散乱やシンチレーションは星間物質中の小規模な密度揺らぎや乱流を調べる手段となる[79]。

また、磁化した電離ガスを直線偏光した電波が通過するとファラデー回転が生じる。その大きさは自由電子密度と磁場の視線方向成分に依存するため、パルサーや銀河系外電波源の偏光観測と組み合わせることで星間磁場を調べることができる[33]。

星間物質は多くの電波周波数に対して透明であるが、電離ガスでは自由–自由吸収が生じる。自由–自由吸収の光学的厚さはおおむね周波数の約 −2.1 乗に比例するため、低周波ほど吸収が強くなる[80][81]。このため、高密度のH II領域は低周波の電波では光学的に厚くなり、背後のシンクロトロン放射を吸収して暗く見えることがある[80][81]。

自由–自由吸収の強さは、視線方向について電子数密度の2乗を積分した放射測度(emission measure、EM)と関係する[80][81]。

EM=∫ne2dl

したがって、電子密度が高いH II領域ほど、より高い周波数まで自由–自由吸収の影響が現れうる[81]。

宇宙線と非熱的放射

[編集]

宇宙線は星間ガス、星間放射場、星間磁場と相互作用し、さまざまな非熱的放射を生じる。このため、これらの放射の観測から、宇宙線の分布や星間ガス、磁場の性質を調べることができる[82]。

宇宙線に含まれる高エネルギーの陽子や原子核が星間ガスの原子核と衝突すると、生成された中性パイ中間子(π0)の崩壊などによってガンマ線が生じる。また、高エネルギー電子は星間ガス中で制動放射を生じるほか、星間放射場や宇宙マイクロ波背景放射の光子を逆コンプトン散乱によって高エネルギー化し、X線やガンマ線を生じる[82]。このような拡散ガンマ線放射は、銀河系内の宇宙線と星間ガスの分布を調べる手段となる。

一方、宇宙線電子は星間磁場中でらせん運動し、シンクロトロン放射を生じる。この非熱的な電波放射は銀河系や他の銀河で広く観測され、宇宙線電子と磁場の分布を調べるために利用される[82]。

星間空間に対する認識の歴史

[編集]
ハービッグ・ハロー天体HH 110(英語版)は、星間空間へガスを放出している[83]。

フランシス・ベーコンは、1627年刊の『Sylva Sylvarum』で、恒星が文字どおり一つの球面上に固定されているとする古代の恒星天球の考え方に関連して「Interstellar Sky」という表現を用いた[84]。17世紀後半になると、恒星が無限の空間に散在しているという考えが広まり、その空間が真空なのか、それとも仮説上の流体で満たされているのかが議論された。この流体は、ルネ・デカルトによる惑星運動の渦動説などでは「エーテル」と呼ばれることもあった[85]。渦動説はニュートン力学の成功によって支持を失ったが、19世紀初頭には、光の波を伝える媒質として目に見えない光エーテルの概念が再び導入された。たとえば1862年には、あるジャーナリストが、「この流出は、星間空間を満たすエーテルに震動または振動運動を生じさせる」と記している[86]。

1864年、ウィリアム・ハギンズは分光法を用いて、少なくとも一部の星雲がガスからできていることを明らかにした[87]。ハギンズは、アルヴァン・クラーク製のレンズを備えた口径8インチの望遠鏡を私設天文台に設置しており、分光観測用の装置を備え、星雲のスペクトルを観測した[88]。

1889年ごろから、エドワード・バーナードは長時間露光による天体写真を撮影し、銀河系の中に多数の「穴」を発見した。当初、バーナードはこれらを太陽黒点になぞらえていたが、1899年には「空虚そのものに穴が開いているとは考えにくく、むしろ一見空虚に見える領域を覆う星雲状物質が存在し、その中に穴が生じていると考えるほうが自然である」と記すようになった[89]。これらの「穴」は現在では暗黒星雲として知られており、銀河系の背景星の前にシルエットとして見える、塵を多く含む分子雲である。中でも顕著なものはバーナードカタログ(英語版)に収録されている。

星間空間にある低温で希薄な物質が直接検出された最初の例は1904年で、ヨハネス・ハルトマン(英語版)がポツダム大屈折望遠鏡を用いて連星ミンタカ(オリオン座デルタ星)を観測した際のことである[90]。ハルトマンは、カルシウムのK線による吸収について「異常に弱いが、ほぼ完全に鋭い」と報告し[91]、さらに393.4 nmのカルシウム線が、分光連星の軌道運動によって生じる他のスペクトル線の周期的な移動に追随しないという「きわめて驚くべき結果」を報告した。この吸収線が一定の位置にとどまっていたことから、ハルトマンは、吸収を生じさせるガスは恒星大気中にあるのではなく、この恒星までの視線上のどこかに存在する独立した物質雲にあると結論した。

星間ガスの存在を示す証拠は1909年にヴェスト・スライファーによってさらに得られた[92]。1912年には、スライファーはプレアデス星雲のスペクトルが周囲の恒星の光を反射したものであることを示し、星間空間に微粒子状物質が存在する証拠を得た[93]。1919年にはメアリー・リー・ヘーガー(英語版)が、オリオン座デルタ星とさそり座ベータ星の方向において、ナトリウム原子のD線(589.0 nmおよび589.6 nm)による、波長位置が変化しない吸収線を観測し、星間ナトリウムを検出した[94]。

その後の一連の研究の中で、ヴィクトル・アンバルツミャンは、星間物質が雲の形で存在するという、現在広く受け入れられている考え方を導入した[95]。

Beals (1936) はその後、カルシウムのH線とK線を観測し、オリオン座イプシロン星とオリオン座ゼータ星のスペクトルに二重で非対称な形状を持つ吸収線を見いだした。ビールズはこのような星間吸収線の複雑な構造を報告し、異なる視線速度を持つ複数の星間雲の存在を示した[96]。

この全長1光年におよぶ星間ガスと塵の塊は、イモムシのような形に見える[97]。

星間物質の存在を示す証拠が増えるにつれて、Pickering (1912) は「星間吸収媒質は単なるエーテルである可能性もあるが、カプタインが示した選択吸収の性質はガスに特徴的なものであり、自由な気体分子が実際にそこに存在することは確かである。というのも、それらはおそらく太陽や恒星から絶えず放出されているからである」と述べた。

1912年には、ヴィクトール・ヘスが気球による観測から、高度とともに電離放射が増加することを示し、地球外に起源をもつ放射、のちに「宇宙線」と呼ばれるものの存在を明らかにした[98]。

翌1913年、ノルウェーの探検家・物理学者クリスチャン・ビルケランドは、「我々の見解からすれば、宇宙全体が電子とあらゆる種類の飛翔する電気イオンで満たされていると仮定するのが自然な帰結である。進化の過程にある各恒星系は、電気的微粒子を宇宙空間へ放出していると我々は考えてきた。したがって、宇宙に存在する物質質量の大部分が、太陽系や星雲ではなく、『空虚な』空間に存在すると考えても不合理ではない」と記している[99]。

Thorndike (1930) は、「恒星間の巨大な空隙が完全な真空であるとはほとんど考えられない。地球のオーロラは、太陽から放出された荷電粒子によって生じている可能性が高い。もし他の数百万個の恒星も、ほぼ確実にそうであるようにイオンを放出しているなら、銀河系内に完全な真空が存在することはあり得ない」と指摘した。

近年の研究

[編集]

2012年9月、NASAの研究者らは、星間氷を模擬した低温のH2O氷中に多環芳香族炭化水素(PAH)を埋め込み紫外線を照射する実験で、PAHが水素化や酸素化(英語版)、ヒドロキシル化を受けることを報告した[100]。

NASAの解説では、こうした反応はタンパク質とDNAの原料となるアミノ酸やヌクレオチドへ至る化学過程を理解する一段階と位置づけられた[101]。さらに、こうした変化によってPAHは固有の分光学的特徴を失う。このことは、「星間氷(英語版)を含む塵粒子、とくに低温・高密度雲の外縁部や原始惑星系円盤の上層分子領域でPAHが検出されない」理由の一つである可能性がある[100]。

2014年2月、NASAは、宇宙に存在する多環芳香族炭化水素(PAH)を追跡するための大幅に改良されたデータベースを公開した[102]。研究者によれば、星間物質中の炭素の約10–20%がPAHに含まれていると推定されている[103]。また、PAHは若い原始的な惑星にとって重要な炭素源となり、その形成速度にも影響を与える可能性があり、恒星や太陽系外惑星が形成されている領域では非常に強いPAH放射が観測される[104]。

2019年4月、ハッブル宇宙望遠鏡を用いた研究によって、星間物質中にバックミンスターフラーレンの陽イオン(C60+)が存在することが確認された[105]。

2020年9月には、星間物質中に固体状態の水が存在する証拠、とりわけ宇宙塵粒子中でH2O氷がケイ酸塩粒子と混合して存在する証拠が報告された[106]。

脚注

[編集]
  1. ↑ Haffner et al. 2003.
  2. ↑ Draine 2011, p. 1.
  3. ↑ Klessen & Glover 2016, p. 85.
  4. ↑ Klessen & Glover 2016, p. 97.
  5. ↑ Williams 2021, p. 4.
  6. 1 2 Draine 2011, pp. 5–7.
  7. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 Ferrière 2001.
  8. ↑ Dyson & Williams 2021, p. 103.
  9. ↑ Ferrière 2001, p. 1031.
  10. ↑ Klessen & Glover 2016, p. 89.
  11. ↑ Ferrière 2001, p. 1034.
  12. ↑ Boulanger, Cox & Jones 2000.
  13. 1 2 Chevance et al. 2020.
  14. 1 2 Nomoto 2013.
  15. ↑ Ewen & Purcell 1951.
  16. 1 2 Draine 2011, chs. 21–34.
  17. 1 2 Bolatto, Wolfire & Leroy 2013.
  18. 1 2 3 4 Draine 2003.
  19. 1 2 Draine 2011, chs. 27, 34.
  20. ↑ Arcones & Thielemann 2023.
  21. 1 2 3 Haffner et al. 2009.
  22. ↑ Paladini, Davies & De Zotti 2004.
  23. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 Wolfire et al. 2003.
  24. ↑ Klessen & Glover 2016.
  25. 1 2 3 Wolfire, Vallini & Chevance 2022.
  26. ↑ Draine 2011, chs. 13, 15, 27, 37.
  27. 1 2 3 4 5 6 7 Haffner, Dettmar & Beckman 2009.
  28. 1 2 3 Draine 2011, pp. 429–439.
  29. ↑ Draine 2011, pp. 412–421.
  30. ↑ “The Pillars of Creation Revealed in 3D”. European Southern Observatory (2015年4月30日). 2026年9月20日閲覧。
  31. 1 2 3 4 5 Elmegreen & Scalo 2004.
  32. ↑ Hennebelle & Falgarone 2012.
  33. 1 2 3 Beck 2016.
  34. 1 2 3 Dobbs & Baba 2014.
  35. ↑ Hunter, Elmegreen & Madden 2024.
  36. 1 2 3 Werner et al. 2019.
  37. ↑ Gry & Jenkins 2017.
  38. ↑ Frisch, Redfield & Slavin 2011.
  39. ↑ Richardson et al. 2022.
  40. ↑ Stone et al. 2005.
  41. ↑ “Interstellar Mission”. NASA. 2026年9月20日閲覧。
  42. ↑ “Voyager - Interstellar Mission”. NASA. 2026年9月20日閲覧。
  43. ↑ Kurth & Gurnett 2020.
  44. 1 2 3 4 5 Begelman 1990, §2.2.
  45. ↑ Spitzer 1978, § 2.4.
  46. 1 2 Draine 2011, pp. 337–343.
  47. 1 2 Goldsmith 2001.
  48. ↑ Mathis, Rumpl & Nordsieck 1977.
  49. ↑ Weingartner & Draine 2001.
  50. ↑ Draine 2011, pp. 315–325.
  51. ↑ Islam et al. 2010.
  52. 1 2 Goldsmith & Langer 1978.
  53. 1 2 Burke & Hollenbach 1983.
  54. ↑ Dwek & Arendt 1992.
  55. ↑ Draine 2011, chs. 30, 37–41.
  56. ↑ “Atomic Data for Carbon (C)”. National Institute of Standards and Technology. 2026年9月22日閲覧。
  57. ↑ Draine 2011, pp. 190–202.
  58. 1 2 3 Klessen & Glover 2016, §3.4.1.
  59. 1 2 Goldsmith et al. 2012.
  60. ↑ Heiles & Troland 2003.
  61. ↑ Ferrière 2001, p. 1041.
  62. ↑ Reynolds, Haffner & Tufte 1999.
  63. ↑ McKee & Ostriker 1977.
  64. ↑ Begelman 1990.
  65. ↑ Gibson et al. 2005.
  66. ↑ Kalberla & Kerp 2009.
  67. ↑ Wolfire, Hollenbach & McKee 2010.
  68. ↑ Hayashi, Mizuno & Fukui 2019.
  69. ↑ Draine 2011, chs. 10, 27, 34.
  70. ↑ Wang et al. 2023.
  71. 1 2 Cowie & Songaila 1986.
  72. 1 2 Savage & Sembach 1996.
  73. ↑ Snow & McCall 2006.
  74. ↑ Draine 2011, §§9.7–9.8.
  75. ↑ “N_H Help: How does N_H relate to X-ray and extreme-ultraviolet (EUV) spectra?”. NASA High Energy Astrophysics Science Archive Research Center. 2026年9月20日閲覧。
  76. ↑ Tielens 2008.
  77. ↑ Vergely, Lallement & Cox 2022.
  78. ↑ Lorimer 2008.
  79. ↑ Rickett 1990.
  80. 1 2 3 Condon 1992.
  81. 1 2 3 4 Wilson, Rohlfs & Hüttemeister 2013.
  82. 1 2 3 Strong, Moskalenko & Ptuskin 2007.
  83. ↑ “A geyser of hot gas flowing from a star”. ESA/Hubble Press Release. 2026年9月20日閲覧.
  84. ↑ Lord Verulam, Viscount St Albans 1627.
  85. ↑ Boyle 1674.
  86. ↑ Patterson 1862.
  87. ↑ “The First Planetary Nebula Spectrum” (英語). Sky & Telescope (2014年8月14日). 2026年9月20日閲覧。
  88. ↑ “William Huggins (1824–1910)”. http://www.messier.seds.org. 2026年9月21日閲覧。
  89. ↑ Barnard 1899.
  90. ↑ Kanipe 2011.
  91. ↑ Hartmann 1904.
  92. ↑ Slipher 1909.
  93. ↑ Slipher 1912.
  94. ↑ Heger 1919.
  95. ↑ Israelian 1997.
  96. ↑ Points, Lauroesch & Meyer 2004.
  97. ↑ “Hubble sees a cosmic caterpillar”. Image Archive. ESA/Hubble. 2026年9月20日閲覧。
  98. ↑ “Nobel Prize for Physics: Prof. Victor F. Hess”. Nature 138: 873. (1936-11-21). doi:10.1038/138873b0.
  99. ↑ Birkeland 1913.
  100. 1 2 Gudipati & Yang 2012.
  101. ↑ “Researchers Brew Up Organics on Ice”. NASA Jet Propulsion Laboratory (2012年9月18日). 2026年9月20日閲覧。
  102. ↑ “PAH IR Spectroscopic Database”. The Astrophysics & Astrochemistry Laboratory. NASAエイムズ研究センター. 2026年9月20日閲覧。
  103. ↑ Hardegree-Ullman et al. 2014.
  104. ↑ Hoover, Rachel (2014年2月21日). “Need to Track Organic Nano-Particles Across the Universe? NASA's Got an App for That”. NASA. 2020年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年9月21日閲覧。
  105. ↑ Cordiner 2019.
  106. ↑ Potapov 2020.

参考文献

[編集]

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]