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丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる
監督
脚本
  • 丹波哲郎
  • 溝田佳奈
原作 丹波哲郎
「丹波哲郎の大霊界」より
製作
  • 古岡滉
  • 丹波哲郎
製作総指揮 古岡秀人
出演者
音楽 宮下富実夫
撮影 岡崎宏三
編集 白江隆夫
製作会社
配給 日本の旗 松竹富士
公開 日本の旗 1989年1月14日
上映時間 97分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 9億円
次作 丹波哲郎の大霊界2 死んだらおどろいた!!
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『丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる』(たんばてつろうのだいれいかい しんだらどうなる)は、1989年(平成元年)1月14日公開の日本映画[1][2][3]。製作は学習研究社と丹波企画[4]、配給は松竹富士[2]。監督は石田照、脚本は丹波哲郎と溝田佳奈[3]。上映時間は97分[2]。

心霊学と霊界の研究家としても知られる俳優の丹波哲郎のベストセラー『丹波哲郎の大霊界』の映画化作品[4]。丹波は原作・脚本・総監督を兼任。後に舞台化もされた。物語のきっかけとなるバス事故は、1950年(昭和25年)に高知県で起きた大栃線の物部川転落事故をモデルとしている[3]。

配給収入は9億円で[3]、1989年の邦画第9位を記録した[5]。

続編『丹波哲郎の大霊界2 死んだらおどろいた!!』(1990年)[注 1]、『大霊界3 死んだら生まれ変わる』(1994年)も制作された[4]。

あらすじ

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物理学者の曽我隆とエルザは学会へ出席する途中に事故に遭い死亡し、巻き込まれたバスの乗客12人とともに霊界に入る[2]。彼らは霊人キヨに導かれて、様々な冒険を繰り広げながら、人間界へ転生するチャンスを探る。

キャスト

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スタッフ

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特撮ユニット
ビジュアルエフェクト
  • 視覚効果:中野稔
  • 光学撮影:宮重道久
  • ビデオ技術協力:IMAGICA特撮グループ、ソニーPCL
  • 特殊効果:リバティハウス、大平特殊効果
  • コンテ:泰泉寺博、樋口真嗣
  • 作画:近藤薫

撮影

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特撮は、ビジュアルスーパーバイザーの大木淳吉を始めとする映画『帝都物語』(1988年)のスタッフが再集結しており、同作品で導入されたハイビジョン合成が本作品で更に発展させている[3]。合成が多いため、本編班は主に屋外ロケを担当し、セット撮影は俳優部分も含め特撮班が担った[3]。

霊界の描写はマットアートによって表現しており、日本の技術では不十分との考えからアメリカのマットアート業者に制作を委託している[2]。

湖に人が立つシーンは、合成では処理しきれないため本栖湖の中心に杭を打ち込んで水面下10センチメートルに板を敷いており、その上に俳優を立たせている[2]。

山が割れる描写は、高さ5メートルの山のミニチュアを用いている[2]。

備考

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  • 映連会長の岡田茂は「映画といえない、プロには考えられないような企画」と評した[7]。当時、松竹の奥山和由が岡田に東映での映画製作を要望したところ、岡田から『大霊界』のような作品を考えろと言われたことから、「『大霊界』は勘弁して下さい」と答え、代わりに持ち込んだのが『WINDS OF GOD』であった[8]。紆余曲折があり、東映では『WINDS OF GOD』は映画化されなかった。
  • 丹波は新東宝時代からの友人である若山富三郎に本作への出演を依頼した際、若山は既に心臓疾患を患い、体調に不安を抱えていたが、これを引き受けた。丹波は若山の体調を気遣いながら撮影を進めたが、「おまえはすぐ人を殴る。体調が悪くなったのはそのバチが当たったんだ。」と苦言を呈している。

映像ソフト

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脚注

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注釈

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  1. ↑ 配給収入は3.2億円[6]。
  2. ↑ ロケ地である岐阜県の当時の県議会議員。
  3. ↑ 医学博士。ロケ地・織本病院(現・きよせ旭ヶ丘記念病院)の当時の院長。
  4. ↑ 撮影当時の丹波義隆の愛犬。

出典

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  1. ↑ “丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる:作品情報・キャスト・あらすじ”. 映画.com. 2025年9月3日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
  3. 1 2 3 4 5 6 平成大特撮 2019, p. 199, 文・モルモット吉田「オカルト 作品レビュー」
  4. 1 2 3 特撮全史 1980-90年代 2020, p. 159, 「SF傾向劇場映画」
  5. ↑ 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』(キネマ旬報社、2012年)480頁
  6. ↑ 「邦画フリーブッキング配収ベスト作品」『キネマ旬報』1991年(平成3年)2月下旬号、キネマ旬報社、1991年、143頁。
  7. ↑ 「63年度映画人口は1億4482万人と微増...」『AVジャーナル』、文化通信社、1989年2月、52頁。
  8. ↑ 文化通信社 編『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』ヤマハミュージックメディア、2012年、244頁。ISBN 978-4-636-88519-4。

参考文献

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外部リンク

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