シンデレラ (1950年の映画)
| シンデレラ | |
|---|---|
| Cinderella | |
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| 監督 |
ウィルフレッド・ジャクソン ハミルトン・ラスク クライド・ジェロニミ |
| 脚本 |
ビル・ピート テッド・シアーズ ホーマー・ブライトマン ケン・アンダーソン アードマン・ペナー ウィンストン・ヒブラー ハリー・リーヴズ ジョー・リナルディ |
| 原作 | シャルル・ペロー |
| 製作 | ウォルト・ディズニー |
| 出演者 |
アイリーン・ウッズ エレノア・オードリー ヴェルナ・フェルトン ローダ・ウィリアムズ ジム・マクドナルド |
| 音楽 |
オリバー・ウォレス ポール・J・スミス |
| 撮影 | ボブ・ブロートン |
| 編集 | ドナルド・ハリデイ |
| 製作会社 | ウォルト・ディズニー・プロダクション |
| 配給 | RKO |
| 公開 |
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| 上映時間 | 75分 |
| 製作国 |
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| 言語 | 英語 |
| 製作費 | $2,900,000[1] |
| 興行収入 |
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| 配給収入 |
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| 次作 | シンデレラII |
『シンデレラ』(Cinderella)は、1950年のアメリカ合衆国のミュージカル・ファンタジー映画。シャルル・ペローの童話「シンデレラ」を基に、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオが製作した長編アニメーション映画である。製作総指揮をウォルト・ディズニーが務め、監督はウィルフレッド・ジャクソン、ハミルトン・ラスク、クライド・ジェロニミが担当した。1970年代までの邦題は『シンデレラ姫』。テクニカラー作品。
当時、ウォルト・ディズニー・プロダクションは第二次世界大戦の影響から海外市場との繋がりを失い、『ファンタジア』などの作品も商業的に失敗するなどの結果、400万ドル以上の負債を抱え倒産の危機に瀕していた。このため、5年以上の歳月をかけ作画枚数は150万枚にのぼるなど、スタジオの起死回生を狙う意味でも製作された[4]。
公開後は批評家から絶賛され興行的にも成功し、アカデミー賞には挿入歌「ビビディ・バビディ・ブー」が歌曲賞でノミネートされるなど、三部門でノミネートされた。また、ディズニーにとっては『白雪姫』(1937年)以来のヒット作となり、スタジオの運命をも一変させた作品となった[5]。
続編として『シンデレラII』(2002年)、『シンデレラIII 戻された時計の針』(2007年)がOVAで製作されており、2015年にはリメイクとして実写映画版も製作された。
2018年には「文化的・歴史的・芸術的にきわめて高い価値を持つ」とみなされ、アメリカ国立フィルム登録簿に登録された[6]。
あらすじ
遠い昔。ある所にシンデレラという美しく優しい娘が立派な屋敷に住んでいた。母親を早くに亡くした後、父親は妻の分までシンデレラを大切に慈しみながら育てていたが、まだ幼い彼女の身を案じ、二度目の結婚相手として新しい母親のトレメイン夫人と、その連れ子である二人の義姉・アナスタシアとドリゼラを迎える。しかし父親が亡くなると継母は本性を表し、義理の娘であるシンデレラに辛くあたり、自分の二人の娘だけを可愛がるようになった。そして継母や義姉たちが財産を浪費したため、屋敷は荒れ果てていった。
シンデレラはわがままな上に意地っ張りで意地悪な三人にいつもいじめられては罵られ、ついには召使いとして扱われるようになり、毎日灰にまみれて朝から晩まで洗濯や掃除、雑巾がけ、皿洗い、食事の支度などを押しつけられ、屋敷の塔にある屋根裏部屋に住まわされてしまう。しかし、シンデレラはきっと幸せがやってくる、いつかは夢が叶うと信じ、明るさと希望を失わなかった。そんな彼女の味方は鼠のガスとジャックの仲間や小鳥達、馬のメジャーと犬のブルーノだった。
そんなある日のこと、お城の王子であるプリンス・チャーミングの花嫁選びを兼ねた帰国祝いの舞踏会を開くことになり、シンデレラの家にも招待状が届いた。義理の姉達は大はしゃぎし、自身も行きたいと願うシンデレラに継母は、全ての仕事を片付け、ドレスを用意できたら舞踏会に行ってもいいという。
シンデレラは亡くなった実の母のドレスを手直しして着ていこうとしたが、三人は仕事をわざと多く押しつけ、ドレスが出来上がらないようにした。そこで小鳥や鼠達は義姉達がいらないと言って捨てたサッシュやリボンを使い綺麗なドレスを作る。しかし、舞踏会に行かせまいとする継母の悪巧みによって、義姉達はシンデレラを自分達が捨てたものを盗んで使った泥棒だと勝手に決めつけ、ドレスをボロボロに破かれてしまう。シンデレラはショックのあまり父との思い出の噴水まで走って泣いていたところ、彼女を励ますように妖精の老婆、フェアリー・ゴッドマザーが現れた。彼女が魔法の呪文「ビビディ・バビディ・ブー」を唱えて杖を振ると、瞬く間にカボチャが馬車に、ブルーノとメジャーは立派な従者と御者に、鼠達が白馬に変わっていった。最後に杖を一振りすると、破かれたドレスは美しく輝くドレスに変わり、気が付くとシンデレラはガラスの靴も履いていた。「12時になったら魔法は解ける」という忠告を聞いた彼女は、カボチャの馬車に乗って王子のいる城に向かった。
その頃、城の舞踏会では王子が出席者たちにお目通りを兼ねた挨拶をしていたが、元々結婚するつもりなど毛頭ないためすっかり退屈してしまっていた。そしてドリゼラとアナスタシアの番になった時、偶然現れたシンデレラの美しさに目を奪われダンスを申し込む。そのまま二人は踊りながら会場を抜け出し、城の庭を巡りながら楽しいひと時を過ごすが、シンデレラは相手が王子だと気が付いていなかった。そして時計塔の鐘が12時を打った途端シンデレラは妖精との約束を思い出し、王子の制止を振り切って走り出した。途中階段で靴が片方脱げてしまうが、シンデレラは拾う暇もなく馬車に乗り城を飛び出す。その一連を見ていた大公は慌てて兵士に馬車を追わせるが、魔法が解けてしまったため元の破れた服に戻ったシンデレラに気がつかず走り去る。シンデレラは足に残っていた片方の靴を抱きしめながら「素敵な夢をありがとう」と、もうここにはいないフェアリー・ゴッドマザーに御礼を言った。
翌日、城は突然消えてしまった謎の娘の事で大騒ぎになっていた。そしてガラスの靴にピッタリ合う足の持ち主を正式に王子の花嫁として迎え入れると大々的に発表し、この話はシンデレラ達の屋敷にも届いていた。継母はこれがチャンスだと早々にドリゼラとアナスタシアをたたき起こし、シンデレラにも仕度を手伝うよう命令する。そこでようやくあの時の相手が王子だと知り驚くシンデレラ。そして浮かれながら歌を口ずさみ、部屋へ身なりを整えにいく。だが、継母はその歌声からあの時の娘がシンデレラだと見抜き、自分達の邪魔をさせないためにこっそり後をつけ、部屋に鍵を掛けて閉じ込めてしまった。しかし、一部始終を見ていたジャックとガスが義姉達が靴に悪戦苦闘するどさくさにまぎれて鍵を取り返し、途中ルシファーが立ちはだかるも、ブルーノの手助けによってシンデレラは無事脱出。諦めて帰ろうとした大公たちを引き止めさせた。しかし、またもや継母がわざと杖を出して使いを転ばせて邪魔をし、ガラスの靴は大公とシンデレラの目の前で粉々に砕けてしまった。大公はせっかくの手掛かりが消えてしまったと嘆くが、シンデレラが隠し持っていたもう片方を差し出したことで事なきを得た。もちろんガラスの靴はシンデレラの足にピッタリと合い、シンデレラは王子と結婚して幸せに暮らした。
キャラクター
- シンデレラ(Cinderella)
- 本作の主人公。明るくて気品のある美しい娘[7]。ディズニープリンセスの一人。
- →詳細は「シンデレラ (ディズニーキャラクター)」を参照
- プリンス・チャーミング(Prince Charming)
- シンデレラ達が暮らしている小さな王国の王子。
- →詳細は「プリンス・チャーミング (ディズニーキャラクター)」を参照
- トレメイン夫人(Lady Tremaine)
- シンデレラの継母で、ドリゼラとアナスタシアの実母。
- →詳細は「トレメイン夫人」を参照
- アナスタシア[注釈 1]・トレメイン(Anastasia Tremaine)、ドリゼラ・トレメイン(Drizella Tremaine)
- 共にシンデレラの義姉。二つ結びの黒髪にリボンをつけ、黄土色のドレスを着ているのが姉のドリゼラで、茶髪を縦ロールにして、紫色のドレスを着ているのが妹のアナスタシア。アナスタシアがフルートを吹き、ドリゼラは母から歌を教わるが、シンデレラと比べると下手。また些細な事ですぐ言い争いを始めるなど、姉妹仲もあまり良くない様子[注釈 2]。
- 国王(The King)
- 王子の父。かなりの高齢だが未だ矍鑠としている。孫の姿を見たいと渇望しており、結婚に関心を示さない王子を憂いて結婚相手を探す為に舞踏会を提案する。
- 豪快な振る舞いが多く、癇癪を起こすと周りの物を投げ飛ばしたり、剣を振り回したりと性格は破天荒で、大公の気苦労の原因にもなっている。
- ラストの結婚式では、シンデレラが落としてしまった靴を履かせた事で彼女からキスを送られる。
- 大公(The Grand Duke)
- 国王を補佐する片眼鏡をかけた男性。大盤振る舞いな国王にはいつも突拍子のない提案に振り回されたり、こき使われたり、八つ当たりされたりと気苦労が多い。
- フェアリー・ゴッドマザー(Fairy Godmother)
- ネズミたちが仕立てたドレスを破られ途方に暮れるシンデレラの前に現れた妖精のおばあさん。魔法の杖を何処へやったか忘れたり肝心のドレスを後回しにしてしまうなど少々おっちょこちょいな場面もある。魔法でシンデレラのドレスを美しい青色のドレスに、庭にあったカボチャを4頭立ての馬車に、馬を御者に、そしてネズミたちを馬に変え、「12時の鐘が鳴り終わったら魔法が解ける」と教えて笑顔で舞踏会へ送り出した。
- ジャック(Jaq)
- シンデレラの友達でネズミたちのリーダー格。新入りのガスにいろいろと教える。
- ガス(Gus)
- 階段の途中にあるネズミ捕りにかかっていた太ったネズミで、食欲旺盛。ルシファーに目をつけられしょっちゅう狙われる羽目になってしまい、意図しない形でシンデレラに迷惑をかけてしまう場面もあった。
- ブルーノ(Bruno)
- シンデレラの家で飼われている犬。普段はおとなしいがルシファーとは犬猿の仲。
- ルシファー(Lucifer)
- 継母が飼っている猫。お風呂が大嫌い。飼い主に似て意地悪な性格で、何かとシンデレラたちの邪魔をし、特にガスを執拗に追いかけ回している。その一方でブルーノが大の苦手で、シンデレラを助けようとするジャックたちに立ちはだかるも、シンデレラの機転により屋敷に乱入してきたブルーノから逃げ惑い、塔のてっぺんから地面に落下していった。
- パーラ&スージー(Perla & Suzy)
- シンデレラの友達で裁縫が得意なネズミの女の子。小鳥たちと共に朝の身支度のお手伝いもしている。シンデレラの母親の形見のドレスを手直しするのに一役買った。
- メジャー(Major)
- シンデレラの家で飼われている馬。元々はシンデレラの父親の愛馬。ラストの結婚式でシンデレラと王子の乗った馬車を先頭で引いている。
- ドアマン
- 通称は、ヘラルド(Herald、布告者、使者の意)。招待状を配ったり、王子の恋人探しの時には大公と一緒についてガラスの靴を運ぶ役もしている。
- フットマン
- 王室の従者。パーティーに出席した女性の名前を読み上げる。
声の出演
| 役名 | 原語版声優 | 日本語吹き替え | ||
|---|---|---|---|---|
| 1961年版 | 1992年版 | 2005年版 (現行版) | ||
| シンデレラ | アイリーン・ウッズ | 富沢しま 歌:浜田尚子 | 鈴木より子 | |
| 王子 | ウィリアム・ピップス 歌:マイク・ダグラス | 友竹正則 | 風雅なおと | |
| まま母 | エレノア・オードリー | 北林谷栄 | 寺島信子 | 寺島信子 谷育子 |
| ドリゼラ | ローダ・ウィリアムズ | 前沢奈緒子 | 藤田淑子 | |
| アナスタシア | ルシール・ブリス | 依田みどり | 高乃麗 | |
| 王様 | ルイス・ヴァン・ロッテン | 中村哲 | 富田耕生 | |
| 大公 | 坊屋三郎 | 吉水慶 | 吉水慶 鳥畑洋人 | |
| 妖精のおばあさん | ヴェルナ・フェルトン | 堀越節子 | 京田尚子 | |
| ジャック | ジム・マクドナルド | 中村哲 | 山寺宏一 | |
| ガス | 安西正弘 | 安西正弘 田中英樹 | ||
| パーラ | ルシル・ウィリアムス | |||
| スージー | ジューン・サリヴァン | 川村万梨阿 | ||
| ルーク | クリント・マッコーリー | 高木渉 | ||
| バート | ||||
| マート | ||||
| ブルーノ | アール・キーン | 原語版流用 | ||
| ルシファー | ジューン・フォーレイ | |||
| ドアマン | ドン・バークレー | 茶風林 | ||
| フットマン | ラリー・グレイ | 糸博 | ||
| その他 | 滝沢ロコ まるたまり 伊藤友美 石田彰 | |||
| ナレーター | ベティ・ルー・ガーソン | 松田トシ | 鈴木弘子 | |
スタッフ
映像制作
| 製作 | ウォルト・ディズニー、ロイ・O・ディズニー | |
| 原作 | シャルル・ペロー | |
| 脚本 | ビル・ピート、テッド・シアーズ、ホーマー・ブライトマン、ケン・アンダーソン、アードマン・ペナー、ウィンストン・ヒブラー、ハリー・リーヴズ、ジョー・リナルディ | |
| 音楽 | オリバー・ウォレス、ポール・J・スミス | |
| オーケストレーション | ジョゼフ・ドゥービン、エドワード・H・プラム | |
| 作画監督 | シンデレラ | マーク・デイヴィス、エリック・ラーソン、レス・クラーク |
| プリンス・チャーミング フェアリー・ゴッドマザー 大公 王様 | ミルト・カール | |
| トレメイン夫人 | フランク・トーマス | |
| ネズミ ルシファー | ジョン・ラウンズベリー、ウォード・キンボール | |
| 小鳥 | エリック・ラーソン | |
| ドリゼラ アナスタシア | オリー・ジョンストン | |
| プルーノ | ノーム・ファーガソン | |
| アクション担当 | ウォルフガング・ライザーマン | |
| レイアウトチェック | ドン・ダグラディ | |
| レイアウト | マクラーレン・スチュワート、トム・コドリック、ランス・ノリー、ドン・グリフィス、A・ケンドール・オコーナー、ヒュー・ヘネシー、チャールズ・フィリッピ、ソー・パットナム | |
| 原画 | ドン・ラスク、ヒュー・フレイザー、フレッド・ムーア、ジャッジ・ウィッテカー、マーヴィン・ウッドワード、ジョージ・ニコラス、フィル・ダンカン、ハル・キング ハーヴィー・トゥームズ、クリフ・ノードバーグ、ハル・アンブロ、ケン・オブライエン、エドウィン・アーダル、ジェリー・ハスコック、ダン・マクマナス、ジョン・マクマナス | |
| エフェクト原画 | ジョージ・ローリー、ジョシュア・メダー、ジャック・ボイド、ブレイン・ギブソン | |
| 美術監督 | ジョン・ヘンチ、クロード・コーツ | |
| 背景 | ブライス・マック、ラルフ・ヒューレット、ディック・アンソニー、アート・ライリー、レイ・ハッファイン、マール・コックス、テルマ・ウィトマー | |
| 色彩設計 | メアリー・ブレア | |
| 特殊効果 | アブ・アイワークス | |
| 撮影 | ボブ・ブロートン | |
| 音響監督 | C・O・スライフィールド | |
| 録音 | ハロルド・J・ステック、ロバート・O・クック | |
| 音楽編集 | アル・ティーター | |
| 編集 | ドナルド・ハリデイ | |
| 助監督 | マイク・ホロボッフ、ラリー・ランズバーグ、テッド セバーン | |
| アニメーション制作 | ウォルト・ディズニー・プロダクション | |
| 監督 | ハミルトン・ラスク、クライド・ジェロニミ、ウィルフレッド・ジャクソン | |
| 総監督 | ベン・シャープスティーン | |
| 配給 | RKO | |
日本語版
- 字幕翻訳:
| 吹き替え | 1961年版 | 1992年版 | 2005年版 (現行版) |
|---|---|---|---|
| 演出 | 田村幸彦 | 佐藤敏夫 | 佐藤敏夫 加藤敏 |
| 翻訳 | 森みさ | ||
| 音楽演出 | 服部逸郎 | 片桐和子 | 片桐和子 市之瀬洋一 |
| 訳詞 | 片桐和子 | ||
| 録音・調整 | 上田忠雄 | 吉田佳代子 | |
| 録音スタジオ | 国際ラジオ・センター | 東亜スタジオ アオイスタジオ | 東亜スタジオ アオイスタジオ スタジオ・ユニ |
| 制作総指揮 | ジャック・カッティング | 津司大三 | |
| 録音制作 | 東北新社 | ||
| 日本語版制作 | ウォルト・ディズニー・プロダクション | Disney Character Voices International, Inc. | |
楽曲
作詞及び作曲は、ティン・パン・アレー所属のマック・デイヴィッド、ジェリー・リビングストン、アル・ホフマンが担当した。
邦題は初公開から何度か変更されており、ここでは現行のサウンドトラックに採用されている題に準じて記載。
| # | タイトル | オリジナル・アーティスト |
|---|---|---|
| 1. | 「メインタイトル/シンデレラ」(Cinderella (Main Title)) | マーニ・ニクソン ザ・ジャド・コンロン・コーラス |
| 2. | 「夢はひそかに」(A Dream Is A Wish Your Heart Makes) | アイリーン・ウッズ ザ・ジャド・コンロン・コーラス |
| 3. | 「スウィート・ナイチンゲール」(Oh, Sing Sweet Nightingale) | アイリーン・ウッズ ローダ・ウィリアムズ |
| 4. | 「仕事のうた」(The Work Song) | ネズミの合唱 |
| 5. | 「ビビディ・バビディ・ブー」(Bibbidi-Bobbidi-Boo) | ヴェルナ・フェルトン |
| 6. | 「これが恋かしら」(So This Is Love) | アイリーン・ウッズ マイク・ダグラス |
日本語吹き替え版では、各キャラクターの担当声優が歌唱も担当。ただし、コーラス箇所は以下のグループが担当している。
- ミュージック・クリエイション、ヴォイスフィールド(1992年版・現行版)
日本語歌詞(訳詞)に関して、現行版吹き替えでは片桐和子が担当。一方、ディズニーが発売するコンピレーション・アルバムなどに収録される本作の日本語版楽曲はさざなみけんじ訳詞による独自の音源が採用されており、様々なアーティストによるカバーでの歌詞はこれに準じたものとなっている。
サウンドトラック
- 『シンデレラ オリジナル・モーション・ピクチャー・サウンドトラック』(ポニーキャニオン、1992年10月21日発売)PCCD-00076
- 『シンデレラ/眠れる森の美女 オリジナル・サウンドトラック』(ポニーキャニオン、1995年11月17日発売)PCCD-00139
- 『シンデレラ オリジナル・サウンドトラック』(エイベックス・エンタテインメント、2000年1月19日発売)AVCW-12068
- 『シンデレラ オリジナル・サウンドトラック スペシャル・エディション』(ユニバーサル ミュージック、2018年11月14日発売)UWCD-8005
製作
企画・経緯
1922年、ウォルト・ディズニーは地元・カンザスシティの映画館向けにラフォグラム・フィルム社を設立して約1分間の短編アニメーションを製作しており、その一部として、シャルル・ペローの1697年の童話「シンデレラ」を原作にした作品を作り、初めて「シンデレラ」を映像化した[8]。
1933年12月、ウォルトは「シリー・シンフォニー」シリーズの一つとして「シンデレラ」を再び映像化することを構想し、監督はバート・ジレット、作曲はフランク・チャーチルと決めた。この時にストーリーアーティストたちが提案した視覚的なギャグのいくつかは、最終的な映画にも入った[9]。しかし、その物語を短編に凝縮するには複雑すぎるという結論に達したことで、1938年初頭までには、アル・パーキンスによる14ページの概要から始まる長編アニメーションのアイデアへと変貌した[10][11]。
1940年、ダナ・コフィーとビアンカ・マジョーリーによって第二稿となる脚本が書かれた。このバージョンは、シンデレラが2度目の舞踏会から遅れて帰宅するまの内容が元の童話に忠実で、後半は、義理の家族がシンデレラを地下牢に閉じ込めるも王子の側近と仲間たちが継母邸に到着した隙に飼いネズミが靴を奪い、シンデレラを解放するためにネズミが王子の側近を導くという内容だった[12]。
1943年9月までに、ウォルトは『シンデレラ』に着手するため、ディック・ヒューマーとジョー・グラントにストーリー監督を担当させ、100万ドルの予備予算をつけた[13]。しかし、1945年までにストーリー作成の準備は中止された[14]。当時、ウォルト・ディズニー・プロダクションは第二次世界大戦の勃発から収益性の高い海外の映画市場とのつながりを失い、『ピノキオ』(1940年)、『ファンタジア』(1940年)、『バンビ』(1942年)といった長編アニメーションが商業的に失敗したことで多額の負債を抱えていた。また、そのために『バンビ』以降の長編アニメーションは、複数の短編アニメーションをまとめたオムニバス作品となっていた。
1946年春、ウォルトはストーリーについてのミーティングを3回開き、1947年3月24日には、テッド・シアーズ、ホーマー・ブライトマン、ハリー・リーブスから原案を受け取った。この原案では、王子はそれ以前の『白雪姫』(1937年)の話を思い起こすような紹介の仕方で[15]、いたちごっこのような対立がヒントになっていた。1947年5月までには、大まかなストーリーボードが作られている段階になっており、同じ月のレポートでは、「主に納屋の動物と、シンデレラの日々の行動の観察から」ストーリーに異なるアプローチをすることが提案されている[15]。
製作
1947年、オムニバス作品『ファン・アンド・ファンシー・フリー』の公開後、スタジオの負債は420万ドルから300万ドルに減少した[16]。この頃のウォルトは財政健全化が必要ということは認めていたが、「製作数を減らすことは自殺行為である」と融資者に強調した。そしてウォルトは、「スタジオを完全に健全な財政状態に戻すため」として、長編アニメーション映画の製作に戻るという欲望を表明した。これに対し、ウォルトの兄でスタジオを経営面から支えるロイ・O・ディズニーは消極的で、ウォルトにはスタジオを売却し、手元にあるお金で引退することを検討するよう求めたものの、数週間の議論の経て折れたロイは、新しい長編アニメーション映画の製作を許可した[17]。
ウォルトの宣言の際、スタジオに存在するアニメーションのプロジェクトは『シンデレラ』、『ふしぎの国のアリス』(1951年)、『ピーター・パン』(1953年)の3つであった。この中からウォルトは、『ふしぎの国のアリス』と『ピーター・パン』のキャラクターが冷たすぎると感じ、過去に成功を収めた『白雪姫』に似た要素がある『シンデレラ』のプロジェクトを承認した。そして、『シンデレラ』の製作再開が決まると、一流のクリエイターが起用され、ベン・シャープスティーンがスーパーバイジング・プロデューサーに、ハミルトン・ラスク、ウィルフレッド・ジャクソン、クライド・ジェロニミが監督となった[18]。しかしながら、ウォルトは同時期に『ふしぎの国のアリス』のプロジェクトも再開された。これは、制作チームを2つに分け、どちらの映画が先に完成し、どちらが最高の出来栄えになるかを、良い意味で競争させるためであった[19]。
1948年初め、『シンデレラ』の進行は『ふしぎの国のアリス』よりもずっと先に進み、『バンビ』以来となる長編アニメーション映画となることが急速に決まった[15]。1948年1月15日のストーリーミーティングで、いたちごっこのところが映画で重要な場面になってきたので、ディズニーはベテラン脚本家ビル・ピートにその部分を担当させた[20]。
1940年代終わりになると、列車の撮影と実写映画『宝島』(1950年)の製作で手一杯となったウォルトは本作への関与が減少し、毎日のようにあったストーリー会議は開かなくなったほか、監督たちが細部について独自の判断を下すことになった。だが、1949年の夏になると、イギリスに2ヶ月半滞在していたウォルトは、3人の監督とメモ、台本、ストーリーボードのフォトスタット、サウンドトラックのアセテートを郵送して連絡を取り合い、このやり取りが製作にも影響を与えた[21]。また、8月29日にスタジオに戻ったウォルトは、ラスクのアニメーションの筋を確認し、山のような細かい修正と、クライマックスシーンの大幅な作り直しを命じている。
制作は1949年10月13日に終了した[22]。
アニメーション
製作手法には実写を参考にするロトスコープが用いられ、本作にはライブアクション俳優が存在している[24]。1948年春から、俳優たちは事前に録音したセリフに合わせて口を動かす様子を撮影された。ディズニーは以前にも『白雪姫』や『ピノキオ』などでロトスコープを導入していたが、今回は制作費を抑える一環として、ウォルトはアニメ化する前にその映像を使ってあらすじやタイミング、登場人物の動きをチェックした[25]。次に、その映像は大きな写真複写シートに1フレームずつ複製され、それを基に作画作業が行われたが、アニメーターたちは、「実写の俳優が示さないことは想像できない」など制約が多すぎると感じた。そのような実験には変更が必要になり、さらに費用がかかる可能性があるからだ。さらに、アニメーターは難しいショットやアングルを避けるため、特定の監督の視点から描くように指示されていた[26]。フランク・トーマスは、「シーンを演出する別の方法を考えるたびに、彼らは『カメラをそこに上げられない!』と言うのです。でも、アニメーションのカメラなら上げられるんです!だから、実写でうまくいった方法でやるしかなかったんです。」と回想している[25]。
ウォルト・ディズニーは、ロトスコープのため女優のヘレーネ・スタンリーを雇い、アーティストが彼女の動きを基にしてアニメを描けるようにした[27]。また、アニメーターは俳優のジェフリー・ストーンをモデルにチャーミング王子を作り、ストーンはこの映画で声優として出演した[28]。妖精のおばあさんのロトスコープにはクレア・デュ・ブレイが雇われたが、キャラクターデザインはメアリー・アリス・オコナー(レイアウト・アーティストのケン・オコナーの妻)がベースになった[29][30]。
キャラクター
シンデレラのデザインとアニメーション監督は、エリック・ラーソンとマーク・デイヴィスが担当した[31]。最初に起用されたのはラーソンで「三つ編みでつぶらな鼻をした16歳の少女」というイメージでキャラクターを描いたが、このアプローチに不満を抱いたウォルトは、デイヴィスを2人目のアニメーターに任命した[32][23]。彼のデザインは、白鳥のような長い首を持つ「よりエキゾチックな女性」を示唆していた[32]。その後、最終的なデザインは、ウォルトの指名でアニメーターのケン・オブライエンが決定した[23]。ラーソンによると、オブライエンは「自分のキャラクターとマークのキャラクターが同じキャラクターに見えるようにした」という。そのほか、ライブアクション俳優を務めたヘレーネ・スタンリーの容姿も、キャラクターの最終的な外見に影響を与えている[33]。
トレメイン夫人のアニメーション監督は、フランク・トーマスが任命された[34]。 これまでピノキオやバンビのような「魅力的な」キャラクターを専門にしていた彼は、これに驚愕したと明かしている[35][36]。なお、ウォルトはトレメイン夫人の作画作業でアニメーターに「気が狂ったジョーン・クロフォード」として描くよう注文したという。
ミルト・カールは、妖精のおばあさん、国王、大公のアニメーション監督を務めた[36]。ウォルトは当初、妖精のおばあさんを『ピノキオ』のブルー・フェアリーに見られる母親のような存在と見なし「背が高く威厳のあるキャラクター」にすることを計画していた。しかし、カールはこのキャラクター設定に反対し、声優がヴェルナ・フェルトンに決まった後で、カールは「威厳のない妖精のおばあさん」の構想をウォルトに納得させることを成功した[37]。
人間のキャラクターとは異なり、動物のキャラクターはロトスコープを用いずウォード・キンボールによってアニメーション化された[38]。ルシファーのデザインに関して、キンボールは何十匹もの猫を研究し次々にデザインを描くも、ウォルトはどれも気に入らず没となっていた。だがある時、キンボールの自宅を訪れたディズニーは、ウォルトの脚に擦り寄ってきたキンボールの飼い猫を見るなり「おいおい、キンボール、君のルシファーはここにいるぞ!」と叫んだ。そして、キンボールの飼う三毛猫・フィーッツィーがルシファーのモデルとなった[39]。
ウォルフガング・ライザーマンは、ジャックとガスがシンデレラの階段を上って鍵を苦労して引きずるシーンをアニメーション化した[40]。
楽曲
楽曲の一部は、ボーカルにダブルトラック(多重録音)が用いられているが、これは当時としては先駆的であった。「スウィート・ナイチンゲール」では、ウォルトが「シンデレラが一人でハモリを行う」という革新的なアイデアを思いつき、完成音源を聞いたウォルトはシンデレラの声優であるアイリーン・ウッズに「どうだい? これまで何年も(コーラス隊である)アンドリュース・シスターズに3人分の給料を払ってきたが、君に1人分の給料を払えばよかったのだ!」と喜びながら話したという[41]。
製作費・労力
本格的な製作の開始は1944年で、1949年秋の完成までに5年の歳月を要した[42]。
スタッフは約750名[42]。絵の数は150万枚。製作費は『白雪姫』の約2倍となる290万ドル(2億9,000万円)が費やされた[42]。興行的に失敗すればスタジオの終焉は確定的という、大きな賭けであった。
公開
1950年2月15日、マサチューセッツ州ボストンの劇場で最初に公開された[43]。以降は何度も再公開されている[41]。
2023年にはウォルト・ディズニー・カンパニー創立100周年を記念して、4Kリマスター版がイギリスやアメリカの劇場で再公開された[44]。
日本での公開
日本では、1952年に字幕版で初公開された。1953年3月には、公開を記念してRKOラヂオ映画社と毎日新聞社主催の「日本シンデレラ姫コンテスト」が行われ、菱田美恵子(丘さとみ)がミス・シンデレラの栄冠に輝いた[45]。
1961年には吹き替えが製作され、日本語吹き替え版で再公開された。この時の吹き替えは、1974年、1982年、1987年の再公開でも使用された。
夢のファンタジーワールド
1992年のリバイバル公開は、東映系の企画『夢のファンタジーワールド』のメイン作品として上映された。これは日本での6回目の劇場公開で[5] 、『ミッキーのたつまき騒動』、日本のアニメ『きんぎょ注意報!』『キャンディ・キャンディ』の4本立て公開であった。
1992年10月、ディズニーとワーナー・ブラザース日本支社の契約が切れ、その後は作品ごとに配給を検討することに決まった。そのような背景があり、1991年9月に日本で『ディズニー・フェスティバル』が開催された時に、ジェフリー・カッツェンバーグウォルト・ディズニー・スタジオ会長、リチャード・フランク同社社長らディズニー・グループの幹部が来日し[46]、岡田茂映連会長に表敬訪問に行った[46]。岡田は1980年と1981年の夏休みの「東映まんがまつり」枠で、ディズニー作品を上映した実績があることから[47]、ディズニー側から東映とディズニーのアニメをセットにしないかと申し入れがあり、『シンデレラ』を上映することで話がまとまった。ただ、東映アニメーション制作作品とは異なり、「東映まんがまつり」枠でディズニーのアニメを入れるとディズニーに儲けを半分持っていかれることから、1985年10月、東北新社と提携し、東映ビデオが権利を持つ『エクスタミネーター2』『殺人鬼』などの映画作品をビデオで販売したものと同様[48]、東映洋画部で「夢のファンタジーワールド」という別枠を作り、上記の東映の短編アニメと合わせて配給を決めた。この配給をワーナーと折衝し、120館程度で上映を予定したが、岡田が東映と東急レクリエーションの社長を兼任していたことから、当時岡田が積極的に推進していたビデオシアターをこのうち系列の10数館で上映を予定した。するとディズニー側がこれを拒否。ビデオシアターはスーパーやショッピングセンターの中が殆どで席数も100前後で当然小さいが、小さい子供連れだと新宿や銀座まで行かずに自宅の近所で観たい人が多く、実際に儲かっていてアニメ配給の約3%を占めていた。東映は「ディズニーは日本のマーケット事情を知らない」と三度に渡り[注釈 4]、詳細をまとめてワーナー日本支社を通じて、ディズニー側に送ったが、なぜ拒否するのかの理由を解答してくれず、ダメの一点張りで時間切れとなり、ビデオシアターは全部キャンセルし、劇場のみの110館で上映した[49]。
評価
公開されると、『シンデレラ』は批評家から広く賞賛された[50][51]。『ダンボ』以来のディズニー・アニメーション映画として反響を集めたほか、批評家の中には「『白雪姫』以来となる、ディズニーの芸術的勝利である」と宣言した者もいた[52]。
『カサブランカ』などを手掛けた映画監督のマイケル・カーティスは、ウォルト・ディズニーに宛てた親書の中で『シンデレラ』を「あなたが作ったすべての映画の最高傑作」と称賛した。20世紀の著名な映画プロデューサーのハル・B・ウォリスは、「これが最高傑作でなくても、最高に非常に近いものだ」と宣言した[53]。
シカゴ・トリビューン紙は、「この映画は、想像力豊かな美術と鮮やかな色彩で古いおとぎ話を美しく彩っているだけでなく、幼い子供たちに悪夢を見せるような、けばけばしい悪役を登場させることもなく、優しく語られている。唐突でピリッとしたユーモアと、老若男女を魅了する音楽が、この映画の魅力を高めている」と評した[54]。タイム誌は、「ウォルト・ディズニーが妖精の国を熟知していることを魅力的に証明している。『白雪姫』のスタイルを彷彿とさせ、ディズニーの職人集団が何世紀も昔のシンデレラの物語に、子供たちを妖精のよう、大人を子供らしく感じさせるような、みずみずしいコミックの活力を与えている」と評した[55]。
一方で、シンデレラのキャラクター設定は賛否両論だった[56]。ニューヨーク・タイムズ紙のボズレー・クラウザーは「美しいシンデレラは、アル・キャップのコミックに登場するデイジー・メイに匹敵するほど、豊満な顔と容姿を持ち、熱心な性格も備えている」と書く一方、その役柄と性格を批判し「その結果、二人が関わっている状況は、パネルで表現されるエピソードのような束縛と固定感を持っている。ディズニーが二人を人間のように振る舞わせようとすると、陳腐になってしまう」と述べている[57]。バラエティ誌も同様に、「この映画は中心人物であるシンデレラよりも動物を描写することに成功している。シンデレラはチャーミング王子と同様に、無表情で人形のような顔をしている」と主張した[58]。
近年の批評は依然として好意的である。エンパイア誌はこの映画に5つ星のうち4つを与え、「確かに美しく、古典的だ。しかし、主役の二人は少々味気ない。とはいえ、それでも家族で楽しめるエンターテイメントであり、これからもずっとそうあり続けるだろう」と評した[59]。批評集積サイトのRotten Tomatoesでは、42件のレビューに基づき95%の支持率を獲得し、平均点は8/10だった。同サイトの批評家による総評は、「豊かな色彩、心温まる歌、愛らしいネズミ、そして(苦悩するとはいえ)愛すべきヒロインが、シンデレラをノスタルジックで魅力的な作品にしている」としている[60]。
この映画は、ディズニーにとって『白雪姫』以来の興行収入を記録した作品で、アメリカとカナダで配給会社のレンタル収入(興行収入における配給会社の取り分)で約428万ドルを稼ぎ出した[61]。最終的なアメリカ国内での累計興行収入が9300万ドル[62]、世界での累計興行収入は初公開から再公開まで合わせて5億6500万ドルとなっている[63]。
日本での評価
日野康一は、その製作過程やヒットを分析し「ウォルト自身、アニメという金脈を掘り当てたシンデレラ・ボーイだった」としている[5]。
漫画家の藤子不二雄Aは、新聞社に勤務していた1952年に「一般的でオーソドックスな童話を借りて再び「白雪姫」の世界へ帰ろうと正攻法で描いたものだけに安定感に満ちている」とし、アニメーションや作風も「さすがにディズニーものの強みを思わせる」と高く評価している。一方で「登場人物の正邪、美醜をはっきり割り切ったことが、内容の理解に容易さを増した反面、生き生きとした活躍を見せる小動物に比し、人間の方を様式化し平版化している」とするなど「ファンタジーのひろがりにおいて夢が固定化しているのではないか」とも評した[64]。
受賞歴
| 映画賞 | 賞 | 対象 | 結果 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| 第1回ベルリン国際映画祭 | ミュージカル部門 金熊賞 | 『シンデレラ』 | 受賞 | [65] |
| 観客賞 | 『シンデレラ』 | 受賞 | ||
| 第11回ヴェネツィア国際映画祭 | 審査員特別賞 | 『シンデレラ』 | 受賞 | [66] |
| 第21回ヤングアーティストアワード | 元子役スター人生功労賞 | ルシール・ブリス (アナスタシア役) | 受賞 | [67] |
| 第23回アカデミー賞 | アカデミー録音賞 | 『シンデレラ』 | ノミネート | [68] |
| ミュージカル音楽賞 | 『シンデレラ』 | ノミネート | ||
| アカデミー歌曲賞 | ビビディ・バビディ・ブー | ノミネート |
影響
『シンデレラ』のヒットはディズニーにとって、大企業へ成長を遂げるきっかけとなった。劇場公開の利益に加え、レコード、出版物、その他の商品からの利益で、ディズニーは一連の映画製作(アニメと実写)の資金を調達することに成功。それまで他社(RKO)に委ねていた配給事業も新たな会社を設立し自ら可能となったほか、テレビ番組製作事業へ参入を開始した。また、ディズニーランドの建設も始まり、ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート建設プロジェクトのキャッシュ・フローをも得ることができたという[41]。
MCNGマーケティングは2013年に「ディズニーのシンデレラは、数億ドルの価値があるブランド」と書き[69]、「Fragments」は「シンデレラはディズニープリンセスの中心的存在のようだ。ディズニープリンセスの中で2番目に古いキャラクターであるのに、少し奇妙に思える」と述べている[70]。
シンデレラ城はマジックキングダムと東京ディズニーランドに建設され、どちらも世界的に有名なシンボルとなったほか、眠れる森の美女の城と並ぶウォルト・ディズニー・カンパニーの象徴となっている。
ホームメディア
アメリカでのビデオ発売は1988年で[5]、前年ビデオ発売された『わんわん物語』の2倍以上の720万本を売る特大ヒットを記録し[5]、アメリカに於けるセルビデオ時代の幕を開けたといわれた[5]。
日本でのビデオ発売は1992年10月21日(通常版5768円)[5]。
ダイヤモンド・コレクション MovieNEX
日本で2015年3月18日にウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパンからBlu-ray DiscとDVD、デジタルコピー(スマートフォンやタブレット端末で、本編映像を見ることができるサービス)、MovieNEXワールドがセットになったMovieNEXが発売された。
ボーナスコンテンツ
- シンデレラの世界
- 本物の妖精、オコナー夫人を讃えて
- 夢は広がる ファンタジーランド in フロリダ 現地レポート
- 夢をかなえる魔法の靴
- もうひとつのオープニング
- 短編アニメーション ラプンツェルのウェディング
- クラシック・ボーナス・フィーチャー
- 未公開シーン
- イントロダクション
- ♪シンデレラ・ワーク・ソング
- ♪ダンシング・オン・ア・クラウド
- 音楽の世界
- ♪メイン・タイトル/シンデレラ(オリジナル・デモ・レコーディング)
- 未発表曲
- ♪シング・ア・リトル ドリーム・ア・リトル
- ♪仕事は大変
- ♪ザ・マウス・ソング
- ♪ザ・ドレス・マイ・マザー・ウォア
- ♪ダンシング・オン・ア・クラウド
- ♪アイ・ロスト・マイ・ハート・アット・ザ・ボール
- ♪ザ・フェイス・ザット・アイ・シー・イン・ザ・ナイト
- ラジオ・ライブラリー(“VILLAGE STORE”より(1948年3月25日)/“GULF OIL PRESENTS”より(1950年頃)/“SCOUTING THE STARS”より(1950年2月23日))
- 製作の舞台裏
- メイキング・オブ『シンデレラ』
- 製作秘話
- ナイン・オールド・メンの功績
- メアリー・ブレアのアート・スタイル
- ストーリーボードと完成版の比較
- 『シンデレラ』(ラフォグラム・フィルム社版:1922年)
- TVシリーズ“ミッキーマウス・クラブ”より(1956年1月24日)
- 劇場予告編(1950年(初公開版)/1965年(リバイバル公開版)/1973年(リバイバル公開版)/1981年(リバイバル公開版)/1987年(リバイバル公開版)(1)/1987年(リバイバル公開版)(2))
- 未公開シーン
- ティモンとプンバァのブルーレイ3D案内
その他
ウォルト・ディズニーは、自身が手掛けた中で一番好きな作品が『シンデレラ』だったといい、生前に「最も好きなディズニープリンセスはシンデレラ」と主張していたほか、マーク・デイヴィスによるシンデレラのドレス変身シーンは「最も好きなアニメーション」と明かしていた[41][71]。ウォルト自身もシンデレラ同様に逆境を乗り越えて夢を掴んだ人物であり、映画評論家のジョエル・シエゲルは「彼がシンデレラに惹かれたのは、ウォルト自身がシンデレラだったから」だと評している[4]。
製作時に、草創期よりディズニーを率いるベテランアニメーター9人による「ナイン・オールドメン」の呼称が誕生した。また、本作はその9人全員がアニメーション監督など重要な役職で参加した初の作品となった[42]。
脚注
注釈
出典
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- 1 2 『シンデレラ』ダイヤモンド・コレクションMovieNEX 特典映像/製作の舞台裏「メイキング・オブ『シンデレラ』」より
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