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太平洋奇跡の作戦 キスカ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
太平洋奇跡の作戦 キスカ
監督 丸山誠治
脚本 須崎勝彌
製作
出演者
音楽 團伊玖磨
撮影
編集 藤井良平
製作会社 東宝
配給 東宝
公開
上映時間 104分[注釈 2]
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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『太平洋奇跡の作戦 キスカ』(たいへいようきせきのさくせん キスカ)は、1965年(昭和40年)7月4日に公開された日本の映画[出典 2][注釈 1]。製作[出典 3]・配給[出典 4]は東宝[12]。

モノクロ、東宝スコープ[出典 5](ワイド[1])。上映時間は104分[出典 6][注釈 2]。同時上映は『喜劇 駅前金融』。

太平洋戦争中、日本海軍によって行われたキスカ島撤退作戦を題材にした戦争映画[出典 7]。出演俳優は東宝男優総出演の趣であり、豪華な顔ぶれとなっている。史実を下地にしたストーリーであるため、他の作品に見られるヒロイン役の女優は登場しない。戦争映画としては珍しく、悲劇的な結末ではないのも特徴である[14]。合成技術の都合から、モノクロで制作された[8]。

あらすじ

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昭和18年(1943年)、アリューシャン列島のアッツ島守備隊が玉砕した[2][14]。同列島のキスカ島守備隊も、連日に渡って米海軍の砲爆撃による猛攻を受け、間近と予想される敵軍上陸による玉砕日を待つという悲壮な状況となった[2][14]。海軍軍令部は、北方担当の第五艦隊司令長官川島中将の説得により、キスカ島守備隊5千名の救出を決意する[14]。川島は、作戦実行部隊である第一水雷戦隊司令官に海兵同期の大村少将を指名した[2][14]。キスカ島守備隊の運命は、海軍兵学校を「ドンケツ」で出たという[注釈 3]出世コースを外れた現場叩き上げの司令官、大村少将の手腕に託されることになる。

大村の艦隊は、連絡係の国友大佐を乗せた潜水艦をキスカ島へ送り、霧に紛れての作戦を立てて、濃霧の発生を待つ[16]。

出演者

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スタッフ

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参照[7][6][1]

製作

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史実の『キスカ島撤退作戦』を映画化した作品であるが、史実の木村昌福少将を大村少将に、第五艦隊司令長官・河瀬四郎中将を川島中将に名前を変更したり、作戦に参加した艦艇が異なるなど、史実と大きく異なる表現や描写が見られるため、「事実を元にしたフィクション映画」の色彩が強い映画である[注釈 8]。

劇中で阿武隈に大村が赴任して髭の水兵が迎える場面では、その水兵が木村昌福に酷似しており、大村に「仇名は?」と聞かれて「司令官であります」と答えるシーンが存在する。キスカ島生存者を招いた試写会では、この場面で喝采が起きた。[要出典]

実際にキスカ島に勤務して撤退作戦に関わった近藤敏直が、全面的にアドバイスしている。劇中では寺井参謀の役職であった。近藤敏直の証言は、DVDに収録されたインタビューで聞くことができる。

天野少佐の潜水艦が空襲されるカットは、1959年(昭和34年)制作の『潜水艦イ-57降伏せず』の流用である。このため、キスカ島撤退作戦時には参加していなかった英軍機が登場している。

キスカ島のシーンは富士山麓で撮影され、富士山新二合目付近に監視所や司令部などのセットが作られた。キスカ湾海岸のシーンは本栖湖で撮影されている[21]。艦上および艦内のシーンは海上自衛隊の護衛艦あきづき型(初代)、くす型(PF)、潜水艦「くろしお」で行われている(艦内のシーンに関してはセットも併用)。

濃霧の中をキスカ島を周回して艦隊が進むシーンについては、円谷英二率いる特撮班がオープン撮影では風で霧をコントロールできないため、屋内のステージセットで約2か月に渡って撮影した[出典 9]。艦隊が岩の間をすり抜けるカットは、特撮プールの底にレールを敷き、艦艇のミニチュアにその上を走らせることによって実現させた[出典 10]。セット内での撮影のためにミニチュアはあまり大きくできず、水流をポンプで送ることによって波や航跡の比率を調整している[出典 11]。霧がない入出港シーンでは、屋外の大プールを用いている[23][3]。

本編班と特撮班の合同によるシーンも多く、爆撃により楼上の監視兵が戦死するシーンでは本編での俳優の演技とミニチュアによる爆発を繋いで表現している[22]。また飛行機を狙う高射砲のシーンでは、実物の高射砲の前に模型の飛行機を飛ばして撮影している[22]。

映像ソフト

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  • VHSは東宝から発売された[2]。品番 TG4549[2](TG4549S[24])。
  • LD 品番TLL2214[24]
  • DVDは東宝から発売された[2]。

サウンドトラック

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太平洋奇跡の作戦 キスカ オリジナル・サウンドトラック(2021年5月19日/CINEMA-KAN/規格番号CINK-104)
映画本編の音源に加え、未使用テイクやEPシングル「霧のキスカ」や、ジャニーズ歌唱の「栄光のマーチ」が収録されている。

脚注

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注釈

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  1. 1 2 資料によっては、「6月19日」と記述している[出典 1]。
  2. 1 2 書籍『東宝特撮映画全史』では、「105分」と記述している[6]。
  3. ↑ 劇中の大村の弁による。モデルの木村昌福は、海軍兵学校を118人中107位という下位成績で卒業している。なお、「ドンケツ」は「最下位」を意味する[15]。
  4. ↑ 書籍『東宝特撮映画全史』では、一水戦参謀と記述している[19]。
  5. ↑ 東宝公式サイトでは、軍令部B参謀と記述している[7]。
  6. ↑ 中島は、カメラから遠い場所にいたので映っていても見えないだろうと述懐している[21]。
  7. ↑ 「文藝春秋」1957年11月号(文藝春秋新社)掲載、のち『呪われた阿波丸 海戦秘話』(千早正隆、文藝春秋新社、1961年)に収録。
  8. ↑ 特技撮影の有川貞昌は、「戦争の勝敗より人命を第一としたヒューマンドラマ」と評している[22]。

出典

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 大特撮 1985, p. 330, 「戦後日本特撮映画作品リスト」
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
  3. 1 2 3 4 5 6 7 円谷英二特撮世界 2001, pp. 106–107, 「太平洋奇跡の作戦 キスカ」
  4. 1 2 中島春雄 2010, p. 356, 「作品紹介および解説」
  5. 1 2 東宝ゴジラ会 2010, p. 297, 「円谷組作品紹介」
  6. 1 2 3 4 東宝特撮映画全史 1983, p. 547, 「東宝特撮映画作品リスト」
  7. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 “太平洋奇跡の作戦 キスカ”. 映画資料室. 東宝. 2026年2月1日閲覧。
  8. 1 2 3 ゴジラ大全集 1994, pp. 64–65, 「東宝特撮映画史 ゴジラ誕生 怪獣新シリーズの展開」
  9. 1 2 3 4 日本特撮映画図鑑 1999, p. 95, 「太平洋奇跡の作戦 キスカ」
  10. 1 2 3
  11. 1 2 3 超常識 2016, p. 196, 「Column 東宝特撮戦記映画の代表作」
  12. ↑ kinenote.
  13. ↑ 特撮全史 1950-60年代 2017, p. 133, 「1950's-1960's 日本空想、特撮映画総覧 東宝」
  14. 1 2 3 4 5
  15. ↑ 「どんけつ」『デジタル大辞泉』。コトバンクより2022年4月23日閲覧。
  16. ↑ キャラクター大全 2014, p. 113, 「1965-1978 怪獣ブームからスペクタクルそしてSF」
  17. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19
  18. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13
  19. 1 2 3 4 5 東宝特撮映画全史 1983, pp. 536–537, 「主要特撮作品配役リスト」
  20. ↑ 「脇役俳優辞典17」『別冊映画秘宝 モスラ映画大全』洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2011年8月11日、51頁。ISBN 978-4-86248-761-2。
  21. 1 2 3 中島春雄 2010, p. 318, 「第六章 一九五〇 - 一九七二 大部屋俳優として 邦画斜陽の時代へ」
  22. 1 2 3 4 有川貞昌 2018, pp. 198–202, 「半世紀前の反省記 第二章『白夫人の妖恋』」
  23. 1 2 3 4 東宝特撮映画全史 1983, pp. 290–291, 「東宝特撮映画作品史 太平洋奇跡の作戦 キスカ」
  24. 1 2 日本特撮映画図鑑 1999, p. 144, 「東宝特撮作品 ビデオLDラインナップ 戦争映画」

出典(リンク)

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参考文献

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関連項目

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外部リンク

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